第二章:神罰を待っていた
ウェッタは振り向くと護身用の小剣を引き抜いた。“見届け人”不在の中、魔術を使うのはためらいがある。
「ほう」
現れた男はウェッタの抜剣を見て感心する風を見せた。
男はウェッタの想像以上に巨漢だった。ウェッタの背は女性としては高い方のはずだが、この大男の肩にも足りない。
分厚い胸板と丸太のような腕が彼女を自然に威圧する。男の太ももはウェッタの腰回りよりも太く見える。
「迷子にでもなったのか、女? 出口へ案内してやってもいいぞ」
「タダってわけじゃねーんだろ? 遠慮しとく」
ウェッタは小剣の切っ先を男へ向けた。
魔術なしで勝てる見込みは薄いが、彼女の不敵な笑みは変わらない。
「元気の良い女だ。面白い」
大男は異様な構えを取った。ウェッタが何かの武術かといぶかしんでいると、魔力の流れが男の両手の間を流れ始める。
やがて赤い柄が姿を現し、クルザトールが強く握りしめた。
赤い柄には巨大な片刃の斧が付いていた。
現れたのは伐採用ではない、初めから兵器として造られた長柄の戦斧だ。
刻まれた赤い筋の模様がときおり鈍く光る。明らかにただの斧ではない。なんらかの魔法が掛けられた特別製の斧だ。
「げ、きったね! よそから武器喚んでくんなよ!」
「便利な魔術は使わないとな」
「魔術だぁ? ……まさか両方扱えんのか、おまえ?」
ウェッタの目が鋭くなる。逆に男は笑みを浮かべた。
「そうだ。魔術も法術も俺は使える。《魔法使い》だからな」
「異名の意味それかよ……手配書にちゃんと書いといてくれよ、わかんねーよ」
魔法は魔術と法術の二系統に分かれている。定義はいつの時代も曖昧だが、魔術師同盟で教えるものを魔術、多親教会で教えるものを法術と称する事が多い。
古くは他人を害するものを魔術、自分を癒すものを法術と呼んでいた。
「魔術に法術、教える奴も場所も綺麗さっぱり別れてるってのに、両方学んでおいて賞金首とは、よーやるよ」
「法術は見限った。だから魔術へ移った。それだけだ」
「見限っただぁ⁉」
法術を見限るとは神を見限ると同義だ。
ウェッタは流石に驚愕したが、すぐ呆れた顔になる。
「……冒涜罪がどうとか言ってたな。それか」
「この世にはゴミクズをゴミクズと呼ぶと怒る奴らがいるらしい。滑稽なことだ」
法術は宗教組織である多親教会で教えるものだ。当然、神への信仰が大前提になる。“神の力を借りる”のが法術なのだ。
この大男クルザトールのように神への侮辱行為を繰り返す者に法術を教える者はいない。
魔術師同盟は法術と違い、学習者の信仰の度合いには比較的寛容だ。それでも表立って神を悪く言いすぎると白い眼で見られる。
「誰かに聞かれても知らねーぞ? マジで」
「聞かれたところで、俺の罵りが止まるものか」
「そんなとこで勇猛果敢にならなくていいよ!」
「勇猛? 勇猛だと? 馬鹿馬鹿しい」
クルザトールはたっぷりと哄笑すると、ウェッタを睨んだ。
「俺は存在価値の無いものを無いと正直に言うだけだ。奴らは空気と変わらん。いやデカい面をしている分、空気よりタチが悪い」
「ここまでボロクソに言うやつ初めて見た。そろそろ神罰が下るぞ」
「ああ、俺もそう思っていた」
「はーあ?」
大男は冷ややかな目をした。その瞳には自嘲の感情も映る。
「そんなことを期待した頃があった。そろそろか、と空を見上げた時があった。天から雷が降るのを夢見ていた。不届き者の俺に、きっと何かが起きると信じていた」
「おまえ……」
「俺は今も罵っている。神々どもを常に。——神罰? いまさらだ。気にする必要など微塵もない」
ウェッタは気づいた。
きっと眼前の大男は最初から神を嘲っていたわけではないのだろう。
彼の信仰が途中で崩れ、神の存在を疑問に感じるようになってしまったのだ。神々の無関心を擁護する事ができなくなったのだ。
「落ち葉をゴミと呼ぶことを怖がる奴がいるか? くだけた斧をゴミと呼ぶことを恐れる奴がいるか?」
クルザトールの冒涜は止まらない。
「神をゴミと呼ぶことを、畏れる俺がいると思うのか」
「こいつもメンドくせー方向に一貫してやがる。しかも笑う気になれねー、ちくしょう」
ウェッタは苦笑いする。少し気持ちが分かってしまって素直に憎めない。




