第二章:魔法使い
モイ・ゴラス。
《思いを馳せる丘》。
廃墟と伝承を残した町。
古代の栄華に彩られたところ。
「これが当たりだと思うんだけどなあ……」
賞金稼ぎセルウェッテが、これほど下調べで苦悩したことはない。
狙いの賞金首が古代遺跡モイ・ゴラスに潜伏しているのは間違いない……と思いたいのだが、いつまで経っても確信に至らないのだ。
「気配を消してるし、動きがいかにも獲物を狙ってます、って感じなんだけどなあ。くそ、はっきりしねえ」
彼女の感知魔法は範囲・精度ともに破格の性能を持つ。戦闘中ですら高い性能を維持するそれが、たかだか下調べでの特定作業で苦戦するのは異例中の異例だ。
ウェッタはしかめっ面をしたまま、手にした紙片をもう一度眺めた。
「ベントリー・クルザトール。巨漢。《魔法使い》。……《魔法使い》ってなんだよ? これだけじゃ何にもわかんねーよ。つまんねー異名だな」
通常、異名は明らかな特徴を示すものか、あるいは自ら付けた誇大な宣伝文句のような名前になる。個性があってこその異名であり、きわめてありふれた一般名詞のような異名はまず見られない。
「ん? なんだ? あっちの方の様子が……」
ウェッタの表情に困惑の色が現れる。想定外の変化を感知したからだ。その変化の意味を理解できず、彼女は首をひねる。
そんな彼女の横、すぐそばに輝く光が現れた。
太陽のようにやや黄色がかった眩しい光は、空中から地面へと降り注ぎ続ける。
「なんだ? 魔力の流れ——」
眩しい光が筒状にまとまったあと。
現れたのは、大男の姿。
「——えぇ⁉ 転移⁉」
光の筒の中、巨漢の男はゆっくりと地面へ降り、片膝を付く。
ウェッタは慌てて一目散に逃げだした。なにしろ“魔法を使う巨漢”だ。彼女が探していた標的の可能性が高い。
「……ん? 女か」
「“見届け人”まだ連れてきてねーんだよ。また今度会おうぜ!」
現れた大男を一瞥したあと、ウェッタはそのまま走り続けて古代遺跡へ入り込む。
遺跡はあちこちが風化して崩れ、迷路のように入り組んでいる。それを彼女もよく知っていた。男の追跡をかわすならうってつけだ。
「つか、何だあの巨体。筋肉ダルマ。あれで《魔法使い》だあ? どう見ても重戦士じゃねーか! なにが魔法使いだよ! 意外だから異名になってんのか。ちくしょう納得しちまった」
ウェッタは何度も角を曲がり、四角い枠をくぐり、古の住居の一つへ滑り込んだ。
空から太陽の日差しが照り付ける。古代遺跡の家々には屋根がない。石や粘土で組み上げられた壁と違い、木製だった屋根が風化して消え去ったのだろう。
「ふぃー、アブね。こっちに飛んできやがるとか、たまたまにしてもエグいわ。下見の段階で出くわすとか運悪いなー今日」
彼女はゆっくりと息を吸い込んで吐き、乱れた呼吸を整えた。古代の住居は視界をほぼ遮っていて、静かにさえしていれば彼女がここに居る事は悟られない。
「……は?」
そのウェッタのすぐ前にまぶしい光が煌めいた。
下向きの光芒は次第に太さを増し、光の筒となっていく。
「嘘だろ、おまえ⁉」
即座にウェッタは立ち上がって走り始め、住居を抜け出した。背後から「反応がいいな」という低音の男の声が響いてくる。
「褒められても嬉しくねー!」
彼女はがれきを足場に壁を乗り越え、別の通路へ移り、再び何度も角を曲がる。行く手を塞ぐがれきに舌打ちし、角を曲がり直して別の通路へ行く。
「ひっでえ偶然だ。運命のいたずらか?」
見える範囲へ転移するならまだしも、今回は二回とも視界外からの転移だ。狙ってそこへ飛ぶのは容易ではない。となれば。
「偶然じゃないな。二回連続ですぐそばに転移なんて起きるわけない。とすると……まさか」
感知魔法。相手の場所が分かっているなら、話は変わってくる。
「あいつ、こっちの位置が見えてるわけじゃねーだろな?」
ウェッタは再び駆けだして、角を曲がったり曲がらなかったりしながら道を進み、急停止して男の様子を探った。
彼女の感知魔法は優秀だ。相手の動きを逐一正確に把握できる。
「ゆっくりこっちへは来てる。ただ追いかけ方は上手くないな。見えてないか、見えてたとしても曖昧な位置だけ、か?」
彼女はまた走り出し、変則的な進み方をして、また止まり、相手を探る。
大男の動きは緩慢だ。近づいて来てはいるが、なにかきょろきょろとしているように感じる。ただただ迷路に苦しんでいる、という風には思えない。
「少なくとも速さと方向はわかってねー感じだな」
ウェッタはまた走り、曲がり、止まる。呼吸を整え、男の場所を確かめる。
「あの転移……なんだっけ、あの光彩と着地型転移。法術だった気がすんぞ」
大男が使っていた転移魔法は外見的な特徴が多かった。あの独特の癖のある転移はウェッタも何度か見た覚えがある。が、
「エミュ……エミュ……忘れた! 覚えてらんねーよ。なんで多親教会の連中はあんな長ったらしい法術名をいちいち覚えてんだ。ペラドーマだのペックなんとかだの。《遅延転移》を見習え! 単純だぞ!」
魔法の名前の付け方は、多親教会と魔術師同盟で方向性が大きく異なる。多親教会は神の名を冠する名前を付けるのが普通だ。魔術師同盟は機能的である。
「ぬぇ⁉ まさか⁉」
またも空間が煌めいて、光の奔流が現れる。
ただちにウェッタは駆けだして男の視界外へ逃れた。背後から「勘のいい女だ」という男のつぶやきが聞こえてくる。
「そんだけ前触れがあったら分かるだろ、そりゃ! 魔力の流れが丸見えなんだよ!」
通常、魔法を使うために魔力を動かすと辺りに光や音などの副産物をまき散らす。
魔力の流れはたくさんの魔力を素早く動かすほど騒がしくなる。少ない魔力をゆっくり動かせば静かで見えにくい。
「そう考えると《遅延転移》エグかったな。前触れ何にもなかったもんな、あれ」
マハバイニが使った《遅延転移》は前触れが全くといっていいほど無かった。だからこそウェッタの不意を何度も打てたのだ。
「げ」
曲がった先は瓦礫に埋もれていた。彼女の優秀な感知魔法も地形までは探れない。
そして彼女のすぐ後ろに魔力の大きな流れが発生する。最悪のタイミングだ。




