第二章:主任神官
「ファウノ、心して聞くように」
「何ですか、急に?」
「おまえの言葉遣い矯正案が決まった」
「はあ?」
ファウノが素っ頓狂な声を上げた。
「なんでウェッタさんがそんな事を決めるんです?」
「ヨグランに頼まれた。質問は後な。心して聞け」
反論を許さない声音でウェッタがぴしゃりと言った。
「『お』『ご』付けるのは禁止だ。あと『られる』も禁止。固い言葉禁止。無駄に長くするの禁止。しばらく『です』『ます』だけに集中して、まず慣れろ。以上。質問は?」
「はあ⁉ それじゃ喋られませんよ⁉」
「心配ない。喋れる。やれ。『られる』禁止つったろ。他に質問は?」
「あなた本当に横暴ですね⁉」
「愚痴は聞いてない。質問は?」
「……『です』『ます』だけですね? それでいいんですね?」
「そうだ。それだけでいいぞ。頑張れ」
ファウノが見る見るうちに不機嫌になる。
ムワスラ教会、食堂兼簡易応接室。
町の人たちから溢れるほど受け取ったお菓子などの山が、テーブルの上に広げられている。
ファウノはそのうちの一つを手に取って口にするが、顔色は冴えない。
「お菓子が不味くなりました」
「良かったな! 言葉遣い直したら、これから食い物がもっともっと美味しくなるぞ!」
「煽らないでくれます?」
ファウノがむすっとしながら言った。ウェッタに対してはすっかり遠慮が無くなっている。ウェッタの方もファウノをいじるのが楽しくなっているようだ。
ウェッタはお菓子の一つにかぶりつくと、にこにこ顔になった。アナミラも嬉々としてお菓子をつまむ。
ヨグランがそこへ紅茶を淹れてきて、みなに振舞った。
「ヨグランも食べろよ。遠慮しなくて良いぞ」
「同意見ですけどあなたのお菓子じゃありませんからね?」
「こまけー事は気にするな」
「あなたの方が細かいですよ⁉ 今日だけでどれだけ私にあれこれ言いました⁉」
喧嘩友達のようなウェッタとファウノのやりとりを見て、ヨグランが微笑む。そして彼はお菓子の山を眺めると、一つ一つ丁寧につまみ上げていった。
「これとこれ、これ。これとこれも頂きます」
「結構取ったな。意外と食べるんだな、あんた」
「いえ、マイヤーさんにおすそ分けをしようと思いまして」
「あ! いいですね。ぜひ食べてほしいです!」
「マイヤー……って、アナミラの旦那だっけ?」
ウェッタがアナミラに尋ねた。
たしか、アナミラの夫が主任神官のマイヤーと言ったはずだ。
「ここの主よ。ムワスラ教会の責任者」
「ぼくの上司です」
「つまりトップか。そいつもユッルい感じなん?」
「ユルい? マイヤーさんがですか?」
「ヨグランとアナミラ、ユルいだろ? 上がユルいから下もユルいんじゃねーの?」
「全然。あいつ一人だけ雰囲気違うわよ。見たらたぶんびっくりするわね」
「想像できねーなあ……」
ウェッタは首を傾げた。ヨグランもアナミラも秩序の神の信徒である。一般的に秩序の神は堅苦しいイメージをもたれているが、この二人はどちらも緩い。
マイヤーという男は、いわゆる秩序の神の信徒らしい人物なのだろうか。
「見てみる? 時間取れるか聞いてこよっか?」
「仕事中だろ? あたし部外者で用事もないし」
「気にしない気にしない。休憩がてらでいいじゃない」
「そういうトコがユルいんだよ!」
「ウェッタは管区の治安に貢献していますから。主任神官として、あなたに関心があると思いますよ」
突っ込みを入れるウェッタへ、ヨグランが和やかに言葉をつむぐ。
「んー……。そんだけ言ってくれるんなら、会ってみっかなあ。どんだけ雰囲気が違うのか、実際見てみたい気はする」
「んじゃ早速聞いてくるわ。ちょっと待ってて!」
「……もう行っちまいやがった」
「フットワークの軽さが彼女の強みです」
ヨグランが褒めるのを見て、ウェッタは微妙な顔をする。なにやら、自分がムワスラでは小言ばかりになっている気がしたのだ。
きっとヨグランが褒めるばかりなので、反動でウェッタが悪いところばかり目を向けてしまうのだろう。彼女はそんなことをぼそりと呟いて、自分を納得させる事にした。
「お待たせ。いいって!」
しばらく経ったあと、アナミラが戻って来てそう伝えた。
彼女は「早く早く!」と一同を急かすと、全員を引き連れて廊下を歩き、執務室と書かれた部屋の入口へ辿り着く。
「入れ」
ドアをノックすると、低音の簡潔な返事が響いた。
アナミラは取っ手をゆっくりとひねって扉を開く。質素な執務室の中で、仕事にふける男の姿が見える。
「失礼します」
彼女の案内で、ヨグラン、ファウノ、ウェッタが順番に室内へ入った。アナミラも入って扉を閉めたあと、男が立ち上がってつかつかと進み、ヨグランたちと相対する。
背が高く痩身、短い銀髪、切れ長で鋭い視線。
ヨグランと同じ雲の色と空の色を基調とした衣服を身に着けながら、まとう雰囲気はまるで違う。言うなれば剃刀のそれだ。
彼は右手をポケットへ無造作に突っ込んだまま、瞳だけを動かして入室してきた面々を順に確認していく。
「紹介するわ。ここの主任神官、マイヤムズカよ」
「マイヤーでいい」
「ホントに雰囲気違うな、一人だけ」
「《ムワスラの両刃の剣》の異名があります」
「なんで片刃じゃないんだろなー」
ウェッタがつぶやく。なんとなく“両刃”と呼ばれる理由を察したようだ。
「マイヤー、まだ顔を合わせてなかったわよね? こっちが新人のファウノちゃん」
「ふぁ、ファウノ・ピエリです! よろしくお、お願いされます!」
「優秀で勤勉だと聞いている。励め。お前なら神官も狙えるだろう。ヨグランに言葉遣いを学べ」
「はい! ……はい」
「あー変に力入れるから変にひん曲げちゃうのか」
ウェッタは納得したようにつぶやいた。緊張すると言葉遣いを考えすぎてしまうのだろう。
「アナミラ、お前も見てやれ」
「言葉遣い? あたしも上手くないわよ?」
「お前は不真面目なだけだ」
「はいはい、分かりました」
マイヤーは次に視線をウェッタへ向ける。
「お前が賞金稼ぎか」
「セルウェッテだ。よろしくな!」
「礼を守る気はないが筋は通すと聞いている。協力関係でいたいものだ。期待している」
「ふふん? あたしの無礼を許してくれるってんなら、こっちは全然構わねーぜおっさん?」
「好きにしろ。無駄な期待はしない。協力できればいい」
「おー……」
ウェッタは感心と呆れの混ざった顔をした。




