第二章:まず殴るタイプ
「ん? どした、ねーさん。憂鬱そうに」
ウェッタは女性のため息に気づいて声をかけた。
「クラリヤって言うの。取り合い、されてるみたいで」
「あんたかよ! リヤちゃんってあんたか!」
男たちは、誰が先に意中の女性を誘うかで揉めている。
その誘おうとしている相手が、まさかこの場に居るとはウェッタも思わなかった。ファウノもこの滑稽な状況に「ええ……」と声を漏らす。
「どうすればいいのかしらね」
おっとり美人は困惑した顔のまま、わめき散らす男たちを生あたたかく見守っている。
「もう、あんたの方から動くしかないんじゃね? 誰選ぶにしろ、選ばないにしろ。でないと永遠に揉めそ」
「まあ頼りないあの連中に任せるより、お姉さんが動く方が早そうです」
「選ぶ、選ばない、むずかしいわね。あの人たちの人となりが何も分からないのに、どうすればいいのかしら」
「なにもワカラナイ?」
ウェッタが怪訝そうにおっとり美人を見る。
「声、かけられてないの。一度も話したことないの。今日はじめて見たの」
「……さっさと声ぐらいかけろよ。思ったより情けねー奴らだった」
「声をかけるかけないの話をしてましたね。まだ入り口いたんですね」
女子二人からの、男どもへの評価ががくりと下がった。
ウェッタが頭をがりがりと掻き始める。
「つか、他の野郎が声かけたらどうするつもりだよ、うだうだしてる間に」
「今週、食事に誘われてるわ。三人の人から。あの人たち以外の」
「出遅れてるじゃねーか! バカどもが!」
とうとうウェッタが激しい炎を吐いた。彼女は基本陽気で優しいが、まどろこしいのは我慢ならない。
「つまり、全員が無駄な事で揉めてるんですね。分かりました。行ってきます」
「行ってらっしゃい。……行ってきますぅ⁉」
「やかましいので少し落ち着いてください。みんな一緒に声をかけたらいいじゃないですか。それが嫌なら、くじでも引いて順番決めましょう。もたもたするよりずっといいですよ」
「声かけやがった。しかも自然に煽ってやがる」
ウェッタは頭を抱えたあと、ヨグランを見る。
「……介入すっか」
「少し待ちましょう。用意はしておきます」
「様子見すんの?」
「ファウノさんがどう仲裁をするのか、興味があります」
ヨグランは娘を見守る親のようにファウノを眺めていた。
もっとも、助任神官である彼は新人修学士であるファウノの教育係であり、保護者役でもある。
「他人の意思尊重するのはいいけどさ、育児放棄だぞ、一歩間違えたら、それ」
「怪我をしそうなら法術で割り込みます。これだけの人目ですし、法術の正当性は誰かが証明してくれるでしょう」
「ま、光弾ぶち込むよりは安全だろーけど。あたしらがいるぜって、前もって教えといた方がいいんじゃね?」
「あの、お二人さん?」
おっとり美人が少し不思議そうにする。
「もしかして、ご夫婦なの?」
「なわけねーだろ! なに言ってんだ!」
「あの子の育児方針を話し合っているのじゃなくて?」
「ファウノみたいな娘がいる年に見えるってコト? そんな年に見えてる? あたしが? マジで……?」
ウェッタが半泣きになる。おっとり美人はゆっくりと手を振って否定した。
「見えないわ。話の内容がそれっぽい、ってだけ」
「ウェッタは面倒見が良い方なんです。それだけですよ」
「そんな年……娘がいる年……そんな年……娘がいそうに見えるか……そっか……見えちゃうか……見えちゃうの?」
肩を落として、うつろな瞳でウェッタはつぶやき続ける。
それを見て、おっとり美人は気まずそうにした。
「ごめんなさい。気遣いが足りなかったみたい」
「ぼくもよく失敗します。気が利かないんです。彼女にも怒られました」
「難しいわね。他人を傷つけないって」
「ええ、難しいですね」
「ようし分かった。この馬鹿は俺様を怒らせてえ訳だ、馬鹿が!」
反省する二人の前では、引き続き目つきの悪い男が怒り狂っていた。
「怒らせたくないです。ますますうるさくなるので」
「うるせえ⁉ 調子乗りやがって馬鹿が!」
「はっ⁉ ファウノ! あぶ——」
目つきの悪い男がついに拳を固めて振りかざす。
それを見てウェッタも我を忘れて叫んだ。
「なんですか?」
男の拳は華麗に空を切った。
ファウノはあっさりと攻撃をかわして、ウェッタに返事をする。何事もなかったかのようなファウノの様子にウェッタはきょとんとした。
「や、あの、ほら、危ねえぞって」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「よそ見すんな! 集中しろ!」
ファウノが礼を述べる後ろで、目つきの悪い男が拳を構え直していた。
今にも拳がファウノの後頭部を砕こうかというとき、ファウノが急にしゃがみ込んでむすっとする。
「失礼ですね。ちゃんと集中してますよ!」
空振りした目つきの悪い男は勢い余ってすっころんでしまった。
ウェッタは困惑の表情を浮かべてファウノを見る。
「そ、そうか。ん? うん?」
「そっちもさっきからうるさいですよ! 邪魔しないでください」
「そうだな。そうか? そうか。悪かった」
何度もまばたきさせながらウェッタが答えた。はたして、おかしいのはどちらだろうか。
「テメェおじょーちゃんもろくに殴れねーのかよ、はずかしッ!」
その向こうで、柄の悪い大男がにやにやしながら、首を振って立ち上がる目つきの悪い男を嘲ってみせる。
それを聞いたファウノはなめらかな動きで素早く柄の悪い大男の前へ立つと、
「無駄に挑発しないでください!」
柄の悪い大男を叱りつけた。いきなり目の前に青い少女が現れて、大男はびっくりした声を上げる。
そこへ目つきの悪い男がまたも右腕を振りかざして襲い掛かった。ファウノはさらりとかわす。拳が空を切る。
そして硬い拳が柄の悪い大男の顔面へ直撃した。
「テメェ何しやがる!」
「邪魔なんだよ馬鹿が! すっこんでろ!」
「ああ、もう。勝手に怪我しないでください!」
「勝手に怪我だァ⁉」
「情けないなー。君ら見世物になってるよ? 分かってる? 友だち辞めていい?」
苦笑いを続ける小柄な男の前に、瞬速でファウノが現れた。
「挑発すんなつってんだろボケ! ……です!」
「ボケ⁉ ボケだ⁉ このぼくにボケ⁉ ボケって言った⁉」
瞬間沸騰した小柄な男が最速で殴り掛かった。
ファウノはこれも軽やかにかわしつつ、苦笑いになる。
「はー……。この人も殴ってから話を聞くタイプですか」
彼女はまるで騒乱の渦中にいないかのように呟いた。




