第二章:すげえの来た
教会の住居部、その二階。
ウェッタはヨグランの案内で二階へ入った。
「新人の修学士の子を預かることになったの」
アナミラは今日もエプロン姿だ。
この教会の家政を担う彼女は、今日も快活に動き回っている。
紺色の長い髪をポニーテールにまとめている。半袖のシャツと丈の短いスカートといった格好も相変わらずだ。
そんな姿のまま真摯に鎮痕の儀式を執り行うせいで、巷では真面目で不真面目な美人と評判になっている。
「しゅうがくし? って何だっけ? 聖職者見習いって事でいいんか?」
「見習いの見習いぐらい? たぶんエッタちゃんより年下よ」
「ほぇー。入りたて?」
「服を仕舞い終わりました! って! わっ⁉」
見慣れない青い少女が現れて、驚きの声を上げた。
「お、こいつか」
「お客さんですか? この無駄に華やかな格好のひと?」
「……無駄?」
思いがけない言葉を聞いてウェッタが顔をしかめる。しかし青い少女はともかく、ヨグランもアナミラも特に気にした様子がない。
あまりに周りの様子が変わらないために、ウェッタは自分がただ聞き間違えたのかと首をかしげる。
「賞金稼ぎのセルウェッテさん。すんごい強いのよ」
そんなウェッタに構わず、アナミラが青い少女へウェッタを紹介した。
「ん? ああ。よろしくな! ウェッタでいいよ」
「《エズラドルトの戦乙女》との異名があります」
「なあ、それ止めね? ホントそれ止めね?」
「あの《戦乙女》⁉」
「知ってんのかよ! あたしそんな有名か? 有名か」
賞金稼ぎにとって大げさな異名はむしろ誉れだが、この異名はウェッタからすると余りに行き過ぎなものだ。化け物扱いされている気がして複雑なのだ。
「で、エッタちゃん。この子が新人のファウノちゃん」
「はい!」
続けてアナミラが、青い少女を紹介した。
いかにも真面目で素直そうな少女だ。
銀色のボブカットの上からつばのない紺の帽子をかぶっていて、青い目でウェッタをじっと見つめている。
服装は白を基調としたブラウスと青いロングスカート。ヨグランと同じく雲の色と空の色を思わせるような色合いで、清涼感にあふれた装いだ。
「今度からお世話させて頂きます、ファウノ・ピエリです! よろしくお願いいたしましてえっと何だっけ……」
「これからお世話になります、じゃねーの? あと後半なんだそれ? 呪文か?」
砕けてしまっているファウノの挨拶にウェッタが苦笑した。
ウェッタの脳裏に嫌な予感が走る。これは“もしか”する。
「よろしくお願いさせてもらいたく存じ上げ」
「無理に長くすんな。長けりゃいいってわけじゃねーよ?」
「……よろしくしてください余計な親切のお姉さん」
「わざとだろソレ。分かるぞ。あたしには気ぃ遣わなくていいからな?」
「そういう訳にはおいきません。なんとか頑張るおつもりですので仲良くされてくださると嬉しいです」
「取り合えずで『お』と『です』付けんな! あと小細工すんな! 固そうな雰囲気の言葉並べたら上品ぽくなると思ってんだろ!」
「一々うるせえなボケが! ……ですよ!」
「……その『ですよ』に意味あんのか? 取り繕わなくていいよ、もう」
ウェッタは肩を落とす。
さっきの「無駄」は聞き間違いなどではなかったのだ。ヨグランとアナミラの二人が無反応だったのは、おそらく既に慣れきってしまっているか、単に二人がおおらか過ぎて気にしていないかのどちらかだろう。
「ヨグラン」
「はい」
「何とかしてやれ。こりゃ駄目だ」
「駄目⁉」
「ええ、何とかします」
「了解しないでください、ヨグランさん!」
「すげえの来たなあ……」
しみじみとウェッタはつぶやいた。
ウェッタは賞金稼ぎだ。賞金稼ぎといえば礼儀作法が苦手な者たちの代表例だ。粗野で率直な物言いが当たり前で、堅苦しい場に近づきたがらない連中ばかりだ。
そんな世界で日々過ごしている彼女だから、言葉遣いが変な人間など見慣れている。
その彼女から見てもファウノはすごい。
賞金稼ぎ達と違い、至極真面目に全力で頑張って壊れてしまうから違和感が大きいのか。
「ファウノさんは生まれが不遇なんです」
「そうだろな。分かるよ」
ヨグランはウェッタを一階の食堂兼簡易応接間へ案内すると、ファウノの事について話し始めた。
「運よく寄宿院に入る事ができたんです。そこから努力して、ここまで来たようですね」
「勤勉なわけだ」
「真面目で勉強熱心ですね」
「なら言葉遣いもそのうち直るだろ。場数踏んでないだけでさ。経験積めばいけるんじゃね?」
礼儀作法は結局日々の積み重ねだとウェッタは思っている。真面目な努力家なら心配は要らないはずだ。
ウェッタのそんな感想を聞いて、ヨグランはいつもの柔和な微笑を浮かべた。
「よければ、ウェッタさんも手伝ってあげてください」
「あたし⁉ おいおい、無骨な賞金稼ぎに期待すんなよ」
「ウェッタさんは苦手そうに見えません」
ウェッタは返事をせず、ヨグランをじっと見つめた。
彼女はなにかいぶかしむ様子を見せる。
「どうしました?」
「まあ手伝ってやるのはやぶさかじゃない。けど、まず『さん』付け止めね?」
「はい?」
「ヨグランに『ウェッタさん』って呼ばれんの思ったよりキツかった。タメ口を利いてくれとまでは言わんから、『さん』だけでも外してくれ」
ウェッタは自分が覚えた違和感を正直に話した。
思えば以前ヨグランと話したときは「あなた」とばかり呼ばれていて、「ウェッタさん」と呼ばれた記憶はなかった。
「さん」の一言があるだけで妙に距離感がひどい、と彼女は感じたのだ。
「『さん』付け、駄目ですか?」
「キモチワリイ」
「では、ウェッタと呼びます」
「うん。うんうん。それならまだいける。次からそうしてくれ」
ウェッタはにこやかにうなずくと、機嫌を良くした。




