第一章:古い魔術
灰色の地。
善意と悪意が行き交う所。
《清濁合わさる町》。
王都郊外にある、人の溜まり場。
「マハバイニ、マハバイニ……」
ウェッタは、手紙の差出人を探して町を歩いていた。
灰色の町で赤く華やかな彼女はよく目立つ。
「マハバイニって名前、ちょいちょい居るんだよなあ」
ウェッタは頭を掻いた。
マハバイニは地名由来の名前だ。マハバインという町に生まれた者は、しばしば“クィズ・マハバイニ”と名乗る。賑やかな町だけにマハバイニの名を持つ者は少なくない。
「ガチ恋マハバイニどこかいな、っと」
ウェッタには“見極める”魔法がある。目で直接見なくても辺りを探れるのだ。そのため彼女は背後が死角にならない。“凶器”ではないため光痕も輝かない。
「向こうのはたぶん寝てる奴、あれはイチャイチャしてる奴らで、こっちは……なんだ、喧嘩でもしてんのか?」
視覚と感知魔法を併用しながら、ウェッタはマハバイニという男を探す。
だが、ごった返す雑踏の集合体であるこの町で、探し人を見つけるのはそう簡単ではない。王都からあぶれた者たちと王都を目指して立ち止まった者たちが、かき回され混じり合っているからだ。
「お。角で突っ立ってる奴いるな」
彼女の感知魔法がまずそれを捉え、次に視覚が黒服の男であることを認識した。
男は銀髪に上下とも黒い服を着て、地味な外套をまとっている。その姿は灰色の町によくなじみ、溶け込みそうになっていた。
「セルウェッテさん?」
遅れて黒服の男がウェッタを見つけて声をかけた。
「僕がマハバイニ。手紙の差出人です」
「おーあんたか。素敵なラブレターありがとさん」
「ふふ、気に入っていただけて光栄です」
マハバイニは優雅に挨拶をして微笑んだ。礼儀を知る者の仕草に見える。
「僕は情報を売って暮らしておりましてね。貴女にも、ちょっとした情報をお売りしようかと」
「情報屋か。いいぜ、いま懐があったかくてね。幾らなんだ?」
「一部先に明かします。値段交渉の材料として」
マハバイニは和やかに言葉をつづける。
「貴女を狙っているのはヤーレ。ジェスタ・オイヤーの仲間で快楽殺人者です」
「ヤーレ……聞いた事、あるよーなないよーな」
「命をもてあそぶ狂った男だそうですよ」
「キモチワルイ奴なわけね」
「代価を頂ければ、見た目や彼が使う魔法などをお教えできます」
「魔法使いか。魔術か法術か、さてどっちかな」
ウェッタはどこか楽しそうにつぶやいた。
「分かった、買おう。なんなら言い値でもいいぜ?」
「ふむ、そうですね」
マハバイニがうつむいて両手を組み、少し考え込む様子を見せたあと。
「貴女の悲鳴でどうでしょう?」
ウェッタの背後に気配が出た。
「なにっ⁉」
彼女はとっさに身体をひねった。短剣の切っ先がウェッタの左手をかすめる。彼女は一回転してから体勢を立て直し、護身用の小剣を引き抜いた。
攻撃者はマハバイニだ。
右手に短剣を握っているし、何より胸元が鈍く光っている。光痕が発動した証だ。
「おや。思いのほか浅くなりましたね。初手で殺し切るつもりもありませんでしたが、良い反応です」
「……何のつもりだ?」
「貴女が困惑するところ、つい見たくなりまして」
今度はウェッタの左後方に気配が現れた。
ウェッタは振り向きざまに小剣を振るが、手傷を受けたのは彼女だけだ。左腹部を軽く切られて血がにじむ。
「いま一瞬……二人いたな、おまえ?」
ウェッタの目の前と、その左後方。その二か所にマハバイニがいた瞬間があった。
マハバイニがウェッタの左後方へ“転移”したあとも、少しのあいだ転移元に彼が残っていたのだ。
「《遅延転移》か。なんつー古臭いもんを」
「僕は高等な教育を受けておりません。古くて初歩的な魔術しか知らないんです」
マハバイニがまだしゃべっている途中に別の気配が現れる。一瞬だけ彼の声が二重になる。彼の短剣をウェッタは避けきれない。ただ今度も傷は浅い。
「欠陥品ですよ。せっかく瞬間移動したのに、しばらく自分の“鏡像”が元の場所に残ってしまうんですから。“鏡像”も自分自身、攻撃されれば傷を負います」
黒服の男はしゃべりながら転移で不意打ちを重ねる。ウェッタが負う傷はどれも浅いが、その数は増えるばかりだ。
「誰も真面目に使おうとしません。原初の転移魔法として習うだけです。それほどに古い魔術です」
攻撃の間も、マハバイニは柔らかな笑みを崩さない。
「しかし……古い魔術でも人は殺せます」
そう、《遅延転移》は攻め続ける限りにおいては欠陥品ではない。古い魔法だけに魔力の消費も軽い。




