第8話 教育体制と人員定着
介護現場を良くするには、教育が必要である。
これは間違いない。
新人に仕事を教える。
利用者ごとの特徴を伝える。
移乗介助の注意点を教える。
おむつ交換やパットの当て方を教える。
記録の書き方を教える。
事故防止の視点を教える。
認知症症状や精神症状への対応を教える。
家族対応や報告連絡相談の重要性を教える。
介護は、ただ現場に入れば自然に覚えられる仕事ではない。
見て覚える部分もあるが、それだけでは足りない。
なぜその対応をするのか。
なぜその順番なのか。
なぜその利用者にはその声かけが必要なのか。
なぜその移乗方法が危ないのか。
なぜその記録を残す必要があるのか。
こうした理由まで理解しなければ、安定した介護にはならない。
だから教育体制は重要である。
私がいた現場にも、教育体制はあった。
ISOの導入があり、業務の見直しや改善を毎年繰り返していた。
新人職員教育マニュアルもあり、それを元に指導する形があった。
つまり、何も考えずに場当たり的に教えていたわけではない。
マニュアルがあり、改善の仕組みもあり、教育の形もあった。
これは大事なことである。
介護現場では、職員ごとにやり方が違いすぎると危険が増える。
記録の仕方がバラバラだと情報共有が崩れる。
新人への教え方が人によって違いすぎると、混乱が起きる。
事故対応やヒヤリハットの考え方が統一されていないと、再発防止につながらない。
だから、マニュアルや改善体制には意味がある。
しかし、ここで大きな問題がある。
教育体制があることと、現場が救われることは違う。
どれだけマニュアルを作っても、人が定着しなければ現場は救われない。
どれだけ改善を繰り返しても、新人がすぐに辞めれば、教育の負担だけが残る。
どれだけ丁寧に教えても、その職員が続かなければ、現場の戦力にはならない。
介護現場では、新人職員があまり入らないことがある。
入っても、すぐに辞める人が多いことがある。
これは現場にとってかなり重い。
新人が入ると、当然ながら教える必要がある。
最初から一人前に動けるわけではない。
むしろ、最初は戦力というより、教える対象である。
先輩職員が付き添う。
仕事の流れを説明する。
利用者ごとの注意点を伝える。
危険な介助をしないか見守る。
記録を確認する。
失敗があればフォローする。
本人が不安にならないように声をかける。
新人教育には時間と労力がかかる。
しかも、介護現場は忙しい。
余裕のある状態で新人教育ができるとは限らない。
自分の仕事をしながら教える。
利用者対応をしながら説明する。
事故リスクを見ながら見守る。
記録をしながら確認する。
フロアを見ながら新人にも目を向ける。
教える側の負担は大きい。
それでも、新人が育つなら意味がある。
少しずつ仕事を覚え、利用者の特徴を覚え、現場の流れを理解し、戦力になっていくなら、教育の負担は未来への投資になる。
しかし、育つ前に辞めてしまうと、徒労感が残る。
時間をかけた。
教えた。
フォローした。
現場の負担を増やしながら育てようとした。
それでも辞めてしまう。
すると、現場はまた元に戻る。
人手不足は解消されない。
教えた時間は戻らない。
教育中に他職員へかかった負担も戻らない。
そして、また次の新人が来れば、また一から教えることになる。
この繰り返しは、かなり精神的に重い。
新人が辞めること自体を、単純に責めたいわけではない。
介護の仕事はきつい。
身体的にも精神的にも負担が大きい。
排泄介助や汚染対応に抵抗がある人もいる。
夜勤が合わない人もいる。
認知症症状や精神症状への対応に疲れる人もいる。
人間関係や職場の空気で続かない人もいる。
給料と負担が見合わないと感じる人もいる。
向き不向きもある。
だから、辞める人を一方的に悪者にするのは違う。
しかし、現場に残る側からすれば、教育しても定着しないことは大きな負担である。
ここに、介護現場の難しさがある。
教育は必要である。
しかし、教育するには余裕が必要である。
余裕を作るには人員が必要である。
人員を増やすには人が定着する必要がある。
だが、人が定着しないから余裕が生まれない。
悪循環である。
人が足りない。
だから忙しい。
忙しいから新人教育が難しい。
教育が不十分だと新人が不安になる。
不安や負担が大きいと辞めやすい。
辞めるとさらに人が足りなくなる。
この流れが起きる。
マニュアルやISOの改善体制があっても、この悪循環を完全には止められない。
もちろん、マニュアルは無意味ではない。
ISOによる改善も無意味ではない。
むしろ、現場を少しでも良くするためには必要である。
だが、それだけでは足りない。
マニュアルは、読む時間がなければ活きない。
改善案は、実行する人員がいなければ形だけになる。
新人教育マニュアルは、教える側に余裕がなければ十分に使えない。
毎年改善しても、現場の人手不足が解消されなければ、改善の効果は限られる。
制度として整っていることと、現場で機能していることは違う。
ここを混同してはいけない。
書類上は改善している。
マニュアルはある。
教育体制もある。
研修もしている。
記録も残している。
それでも、現場が楽になるとは限らない。
なぜなら、介護現場は書類ではなく人で回っているからである。
実際に利用者を起こすのは人である。
排泄介助をするのも人である。
認知症症状に対応するのも人である。
薬を飲み込めたか確認するのも人である。
夜勤で巡回するのも人である。
転倒しそうな利用者に気づくのも人である。
新人に教えるのも人である。
人が足りなければ、どれだけ制度があっても現場は苦しい。
教育体制は必要である。
しかし、教育体制だけでは人は残らない。
人が残るには、続けられる環境が必要である。
業務量が現実的であること。
教える側が潰れないこと。
新人が不安を抱えすぎないこと。
人員に余裕があること。
夜勤負担が過剰でないこと。
給料と責任があまりにも釣り合わない状態ではないこと。
管理職が現場を理解していること。
職員が使い捨てにされないこと。
これらがなければ、人は定着しにくい。
介護現場で人を育てることは、ただ仕事を教えることではない。
続けられる状態を作ることでもある。
どれだけ丁寧なマニュアルがあっても、現場が常に限界なら新人は育ちにくい。
どれだけ改善活動をしても、負担が減らなければ職員は疲弊する。
どれだけ理念を掲げても、人が辞め続ければ現場は安定しない。
教育とは、未来の現場を作るためのものだ。
しかし、その未来にたどり着く前に人が辞めてしまえば、教育は積み上がらない。
だから、介護現場で本当に必要なのは、教育体制と人材定着をセットで考えることである。
教育だけでは足りない。
改善活動だけでも足りない。
マニュアルだけでも足りない。
人が残り、育ち、現場で経験を重ねられる構造が必要である。
介護職は、経験によって成長する仕事である。
利用者ごとの特徴を覚え、声かけを覚え、危険の兆候を覚え、介助技術を身につけ、記録の意味を理解し、現場の流れを読めるようになる。
そのためには時間がいる。
しかし、人がすぐ辞める現場では、その時間が積み上がらない。
いつまでも新人教育が繰り返される。
いつまでも経験者が足りない。
いつまでもできる職員に負担が偏る。
いつまでも現場に余裕が生まれない。
これでは、改善しているようで、現場は救われない。
介護現場に必要なのは、マニュアルを作ることだけではない。
改善活動をすることだけでもない。
新人に教えることだけでもない。
人が辞めずに残れる現場を作ることである。
教育体制があっても、人が定着しなければ現場は救われない。
そして、人が定着しない現場では、教育する側の徒労感だけが積み重なっていく。




