第7話 リーダーは現場を回す運用設計者である
介護現場のリーダーは、ただ偉い職員ではない。
ただ指示を出すだけの立場でもない。
ただ責任を負わされるだけの名前でもない。
本来、リーダーとは、限られた人数で現場を回すための運用設計者である。
介護現場は、人がいれば勝手に回るわけではない。
同じ人数がいても、誰をどこに配置するか、どの順番で動くか、どの仕事を誰に任せるかによって、現場の負担は大きく変わる。
出勤している職員の人数。
職員ごとの能力差。
経験の有無。
気づく力。
移乗介助の上手さ。
記録の速さ。
利用者との相性。
その日の利用者の体調。
入浴の有無。
レクリエーションの有無。
行事準備の有無。
急変者や不穏な利用者の有無。
それらを見て、その日の現場を組み立てる必要がある。
これがリーダーの仕事である。
リーダーは、まず出勤スタッフを見なければならない。
今日は誰がいるのか。
誰に何を任せられるのか。
誰は移乗が得意なのか。
誰は記録が早いのか。
誰は判断が遅いのか。
誰にはフォローが必要なのか。
誰をフロアに置くべきか。
誰を入浴に回すべきか。
誰に排泄介助を任せるべきか。
誰に新人をつけるべきか。
同じ職員数でも、組み合わせによって現場の重さは変わる。
経験者ばかりなら、ある程度任せられる。
新人が多ければ、細かく確認しなければならない。
気づく職員が少なければ、リーダー自身が広く見なければならない。
移乗が不安な職員がいれば、重い介助を任せる相手を考えなければならない。
介護現場では、仕事を均等に割り振れば公平というわけではない。
能力差を無視して均等に割り振ると、事故リスクが上がることがある。
逆に、できる職員にばかり仕事を寄せると、その職員が潰れる。
だからリーダーは、単なる平等ではなく、現場が安全に回る配分を考える必要がある。
これが難しい。
できる職員に任せれば早い。
しかし、そればかりでは負担が偏る。
できない職員に任せなければ育たない。
しかし、任せすぎれば現場が危なくなる。
新人に経験させる必要はある。
しかし、利用者の安全を犠牲にするわけにはいかない。
この間で判断するのがリーダーである。
仕事のタイミングも重要である。
介護現場には、後回しにしてよい仕事と、後回しにしてはいけない仕事がある。
トイレ誘導を後回しにすれば、失禁につながる。
水分補給を後回しにすれば、体調不良や不穏につながることがある。
姿勢調整を後回しにすれば、ずり落ちや転倒リスクが上がる。
臥床誘導が遅れれば、疲労や危険行動につながることがある。
入浴準備が遅れれば、その後の業務全体が押す。
だからリーダーは、今何を優先すべきかを判断する。
今は排泄を優先するべきか。
先に入浴準備を進めるべきか。
フロアの危険行為に対応するべきか。
記録を後に回してでも利用者対応をするべきか。
今のうちに臥床誘導をしておくべきか。
この利用者は早めにトイレへ誘導した方が後で楽になるか。
介護現場では、目の前の仕事だけを見ていると詰まる。
一時間後に何が起きそうか。
昼食前に何を済ませておくべきか。
入浴後に誰の更衣が必要か。
午後のレクリエーション前に誰をトイレへ誘導しておくべきか。
夜勤へ申し送るために何を記録しておくべきか。
先を読まなければならない。
リーダーは、今だけでなく、少し先の現場も見て動く必要がある。
介護現場で本当に苦しいのは、予定通りに進まないことである。
予定では排泄介助を進める。
しかし利用者が転倒しそうになる。
予定では入浴準備をする。
しかし汚染対応が入る。
予定ではレクリエーションをする。
しかし体調不良者が出る。
予定では記録を書く。
しかし家族対応や電話対応が入る。
そのたびに、現場の流れを組み直さなければならない。
リーダーは、崩れた予定をその場で組み直す役割も持つ。
この仕事は、外からは見えにくい。
現場で動いている職員は見える。
食事介助をしている姿は見える。
排泄介助をしている姿も見える。
車いすを押している姿も見える。
入浴介助をしている姿も見える。
しかし、誰がどの順番で動くかを考えている負担は見えにくい。
リーダーは、現場の流れを頭の中で組み立てている。
この仕事を誰に振るか。
今この職員を動かすと、フロアが薄くならないか。
この利用者の対応を後に回すと、あとで問題が大きくならないか。
新人に任せるなら、誰が確認するか。
今ここで自分が動くべきか、それとも全体を見るべきか。
こうした判断を、日々繰り返す。
リーダーには、マニュアル改善の仕事もある。
現場で問題が起きる。
やり方が分かりにくい。
職員ごとに対応が違う。
新人が迷う。
記録の仕方が統一されていない。
事故やヒヤリハットが起きる。
同じミスが繰り返される。
その時、マニュアルを見直す必要がある。
どの手順が分かりにくいのか。
どこでミスが起きやすいのか。
どの表現なら新人にも伝わるのか。
現場の実態に合っているのか。
古い手順が残っていないか。
実際には誰もできない理想論になっていないか。
マニュアルは、作れば終わりではない。
現場で使える形に改善し続けなければならない。
しかし、これもまた負担である。
現場を回しながら、マニュアルも改善する。
利用者対応をしながら、新人教育もする。
記録を書きながら、事故防止策も考える。
上からの指示に対応しながら、現場の流れも守る。
リーダーは、複数の役割を同時に背負うことになる。
新人教育もリーダーの重要な仕事である。
新人に仕事を教える。
利用者ごとの特徴を伝える。
排泄介助の手順を教える。
移乗介助の注意点を教える。
記録の仕方を教える。
声かけの仕方を教える。
事故リスクを伝える。
やってはいけないことを教える。
しかし、新人教育には時間がいる。
丁寧に教えるには、現場に余裕が必要である。
見守りながら任せるには、人員に余裕が必要である。
失敗を振り返るには、話す時間が必要である。
だが、介護現場にはその余裕がないことが多い。
忙しい中で教える。
自分の仕事をしながら教える。
新人の失敗をフォローしながら現場を回す。
説明したいことがあっても、次の対応に追われる。
その結果、新人教育は大きな負担になる。
それでも、教えなければ人は育たない。
人が育たなければ、現場はさらに苦しくなる。
この矛盾を抱えるのも、リーダーである。
さらに、リーダーは上と下の板挟みになる。
上からは方針が降りてくる。
管理職からは指示が来る。
現場職員からは不満が出る。
利用者対応もある。
家族対応もある。
新人教育もある。
事故が起きれば確認が必要になる。
上層部は現場に要求する。
現場職員は限界を訴える。
リーダーは、その間で現実的な落としどころを探す。
これも大きな負担である。
上の言うことをそのまま現場に流すだけなら、現場は反発する。
現場の不満だけを上にぶつけても、改善につながるとは限らない。
だからリーダーは、現場の実態を理解しながら、できる範囲で調整する。
しかし、それには限界がある。
人員が足りない。
時間が足りない。
新人が定着しない。
職員の能力差がある。
管理職が調整してくれない。
経営が現場を見ていない。
この状態で、リーダーだけが頑張っても限界がある。
介護現場では、リーダーが優秀だと現場が何とか回ってしまうことがある。
これは一見よいことに見える。
しかし、危険でもある。
リーダーが無理をして現場を回す。
すると、上からは「回っている」と見える。
本当は限界に近いのに、表面上は業務が成立しているように見える。
その結果、補充人員や業務改善が後回しにされる。
できる人が頑張ることで、構造の問題が隠れてしまう。
これは介護現場に限らないが、介護では特に危険である。
なぜなら、介護現場のしわ寄せは、職員の疲弊だけでなく、利用者の安全にも関わるからである。
リーダーは現場を回すために必要である。
しかし、リーダーの能力に頼りすぎる現場は危うい。
本来、リーダーは無理な構造を根性で成立させるための存在ではない。
現場をより安全に、より効率的に、より継続可能に回すための存在である。
そのためには、リーダーにすべてを押しつけてはいけない。
リーダーが判断できるだけの情報がいる。
リーダーが調整できるだけの人員がいる。
リーダーが新人を育てられるだけの余裕がいる。
リーダーが改善できるだけの時間がいる。
リーダーの負担を管理職が理解する必要がある。
リーダーが現場を回しているから大丈夫、ではない。
リーダーが無理をしないと回らないなら、その現場はすでに危ない。
介護現場におけるリーダーの価値は、もっと正しく見られるべきである。
リーダーは、ただのまとめ役ではない。
ただのベテランでもない。
上からの指示を現場に伝えるだけの存在でもない。
限られた人員、利用者の状態、職員の能力差、業務量、事故リスク、記録、教育、時間の流れを見ながら、その日の現場を成立させる運用設計者である。
介護現場は、人がいれば回るのではない。
人をどう動かすかによって、ようやく回る。
その調整を担っているのがリーダーである。
だから、リーダーの仕事を軽く見てはいけない。




