第5話 介護は技術職でもある
介護は、誰でも同じようにできる仕事ではない。
そしてそれは、気づく力や判断力だけの話ではない。
介護には、明確な技術差がある。
外から見ると、介護の動作は単純に見えやすい。
ベッドから起こす。
車いすへ移す。
トイレに座ってもらう。
おむつを交換する。
パットを当てる。
衣類を着替えてもらう。
水分を飲んでもらう。
薬を飲んでもらう。
言葉だけなら簡単に聞こえる。
しかし実際には、そこに技術がある。
たとえば、移乗介助である。
ベッドから車いすへ移る。
車いすからトイレの便器へ移る。
トイレから車いすへ戻る。
車いすからベッドへ戻る。
これらは、単に体を支えればよいわけではない。
利用者がどれだけ自分で立てるのか。
膝折れはないか。
立位を保てる時間はどれくらいか。
足の位置は適切か。
車いすの位置は適切か。
ブレーキはかかっているか。
ベッドの高さは合っているか。
声かけのタイミングは合っているか。
利用者本人が動作を理解しているか。
恐怖心はないか。
急に座り込まないか。
職員自身の腰に無理がかからないか。
こうしたことを、短い時間で判断しなければならない。
移乗介助が上手い職員は、利用者の力を使える。
本人ができる部分を活かし、必要な部分だけを支える。
無理に持ち上げるのではなく、重心を移動させる。
声かけを合わせる。
動作の流れを作る。
そうすると、利用者も不安になりにくい。
職員の身体への負担も減る。
転倒リスクも下がる。
逆に、移乗介助が下手な職員は、利用者にも職員にも負担をかける。
無理に引き上げる。
タイミングが合わない。
車いすの位置が悪い。
声かけが遅い。
本人の力を使えない。
利用者が不安になる。
職員の腰に負担がかかる。
転倒やずり落ちの危険が増える。
同じ「移乗する」という仕事でも、職員によって結果は大きく変わる。
これは、経験と技術の差である。
おむつ交換やパットの当て方にも技術差が出る。
おむつを替えるというと、ただ交換するだけのように思われるかもしれない。
しかし、実際にはかなり細かい。
利用者の体型。
尿量。
便の状態。
寝ている姿勢。
日中よく動く人なのか。
夜間に横向きになる人なのか。
足を動かす人なのか。
拘縮があるのか。
皮膚が弱いのか。
漏れやすい方向はどこか。
こうしたことを考えながら、パットを当てる必要がある。
パットの位置がずれていれば漏れる。
隙間があれば漏れる。
尿量に合っていなければ漏れる。
利用者の動き方に合っていなければずれる。
おむつの巻き方が悪ければ、衣類や寝具まで汚れる。
漏れれば、それで終わりではない。
更衣が必要になる。
身体を拭く必要がある。
寝具交換が必要になる。
居室の清掃が必要になることもある。
本人の不快感も増える。
皮膚トラブルの原因になることもある。
職員の業務量も増える。
つまり、パットを上手く当てられるかどうかは、現場全体の負担に直結する。
上手い職員は、漏れを減らす。
漏れが減れば、更衣も減る。
シーツ交換も減る。
利用者の不快感も減る。
職員の後始末も減る。
下手な職員は、仕事を増やす。
もちろん、すべての漏れを完全に防げるわけではない。
利用者の状態や体調によって、どうしても漏れることはある。
しかし、技術差によって減らせる漏れも確実にある。
ここを見ないと、介護の本質を見誤る。
介護は、ただの作業ではない。
技術の積み重ねである。
更衣にも技術がある。
汚染した衣類を脱がせる時、本人に不快感や羞恥心を与えすぎないようにする。
関節の動きに注意する。
痛みが出ないようにする。
拘縮がある人には無理な動きをさせない。
皮膚を傷つけないようにする。
汚染を広げないようにする。
なるべく短時間で、しかし雑にならないように行う。
ただ服を脱がせて着せればよいわけではない。
清潔を保つ。
安全を守る。
本人の尊厳を守る。
職員の身体も守る。
時間内に終わらせる。
これらを同時に満たす必要がある。
投薬にも技術がある。
薬を渡せば終わりではない。
利用者ごとに必要な水の量が違う。
飲み方が違う。
薬が口の中に残りやすい人もいる。
服用を拒否する人もいる。
飲んだように見えて、後で吐き出しに行こうとする人もいる。
吹き出してしまう人もいる。
むせやすい人もいる。
自分で手のひらに薬を乗せて服用できる人は、そう多くない。
仮に自分で飲める人であっても、薬をこぼしていないか、口に入ったか、飲み込めたか、口内に残っていないかを確認する必要がある。
投薬は、配布作業ではない。
飲み込み、拒否、吐き出し、むせ込み、口内残留まで見る業務である。
ここを軽く見ると、服薬ミスや体調不良につながる可能性がある。
食事や水分補給にも技術がある。
ただ水を出せばよいわけではない。
飲める人と飲めない人がいる。
声かけが必要な人がいる。
一口ずつ促す必要がある人がいる。
むせやすい人がいる。
飲んだ量を記録する必要がある人がいる。
水分不足が不穏や体調不良につながる人もいる。
介護は、細かい確認の連続である。
そして、この細かい確認を怠ると、後で大きな問題になる。
現場に慣れていない人ほど、介護を大きな作業だけで見がちである。
移乗。
排泄。
入浴。
食事。
投薬。
記録。
しかし、現場の本当の難しさは、その作業の中にある細部である。
移乗の角度。
声かけの言葉。
支える位置。
パットの当て方。
おむつの巻き方。
薬の飲み込み確認。
水分の促し方。
衣類の脱がせ方。
姿勢の整え方。
危険の予測。
そうした細部が、利用者の安全と現場の負担を左右する。
介護は、優しい人なら誰でもできる仕事ではない。
優しさは必要である。
しかし、優しさだけでは利用者を安全に移乗させられない。
優しさだけでは漏れないようにパットを当てられない。
優しさだけでは薬を安全に飲ませられない。
優しさだけでは転倒を防げない。
優しさだけでは現場を回せない。
必要なのは、技術である。
そして、その技術は一日で身につくものではない。
経験が必要である。
観察が必要である。
利用者ごとの特徴を覚える必要がある。
失敗から学ぶ必要がある。
上手い職員のやり方を見る必要がある。
自分の介助が利用者にとって安全かどうかを考える必要がある。
介護職の能力差は、ここに出る。
ただ作業をしたかどうかではない。
その作業が安全だったか。
利用者に合っていたか。
後の負担を減らしたか。
事故や汚染を防いだか。
本人の尊厳を守れていたか。
職員自身の身体も守れていたか。
そこまで含めて、介護の仕事である。
介護を低く見る人は、この技術性を見ていない。
資格がなくても始められるから簡単。
高齢者の世話だから誰でもできる。
優しければできる。
人手があれば回る。
そう考えるのは、現場を知らない見方である。
介護は、人間の身体と生活と安全を扱う仕事である。
しかも相手は、認知機能、身体機能、病気、精神状態、生活歴が一人ひとり違う。
同じ対応は通用しない。
同じ介助も通用しない。
同じ声かけも通用しない。
だから、介護は技術職でもある。
その技術が軽視される限り、介護職の価値は正しく評価されない。
そして、介護職の価値が正しく評価されない限り、現場の負担は「誰でもできる仕事なのに人が足りない」という雑な問題として扱われ続ける。
だが、実際は違う。
介護は、誰かの生活を支える仕事である。
そして、生活を支えるには、細かい技術がいる。
その技術を持つ職員がいるから、現場はぎりぎり回っているのである。




