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第2話 精神的負担は、終わらない後始末から来る

 

 介護現場の負担は、身体的なものだけではない。


 立ち続ける。

 歩き続ける。

 支える。

 移乗する。

 入浴介助をする。

 おむつ交換をする。

 トイレ誘導をする。


 そうした身体的な負担は、外から見ても比較的想像しやすい。


 だが、介護現場で働く人間の精神を削るのは、それだけではない。


 介護現場には、外からは見えにくい精神的負担がある。

 それは、対応しても終わらない後始末である。


 たとえば、放尿がある。

 居室や廊下で尿をしてしまう利用者がいる。


 放便もある。

 トイレではない場所で便をしてしまう利用者がいる。


 さらに、弄便もある。

 弄便とは、おむつの中に手を入れて便を触ってしまうような行為である。

 現場では、こうした利用者が一人だけとは限らない。

 複数いることもある。


 これらは、放置できない。


 床が汚れる。

 衣類が汚れる。

 寝具が汚れる。

 居室が汚れる。

 廊下が汚れる。

 臭気が出る。

 不衛生になる。

 感染リスクにもつながる。

 他の利用者にも影響する。

 本人の尊厳にも関わる。


 だから、職員は対応するしかない。


 汚れた衣類を脱がせる。

 身体を拭く。

 必要なら陰部洗浄をする。

 新しい衣類に着替えてもらう。

 汚染した床を掃除する。

 汚れた寝具を交換する。

 ポータブルトイレを掃除する。

 臭気が残らないように処理する。

 記録が必要なら記録する。

 他職員へ申し送る。


 これだけでも負担は大きい。


 しかし、介護現場の厳しさは、これで終わらないところにある。


 対応しても、また起きる。


 更衣した直後に、また汚れることがある。

 掃除した後に、また別の場所が汚れることがある。

 おむつ交換をしても、またすぐに交換が必要になることがある。

 説明しても、理解が続かず同じ行為が繰り返されることがある。


 介護の仕事は、問題を一度解決すれば終わる仕事ではない。


 片づけても、また汚れる。

 着替えても、また汚れる。

 整えても、また崩れる。

 止めても、また繰り返される。


 この終わらなさが、精神を削る。


 外から見ると、汚れたら片づければいいと思うかもしれない。

 だが、現場ではその片づけが一日に何度も発生する。

 しかも、それは他の仕事を止めて対応しなければならない。


 トイレ誘導の途中で汚染対応が入る。

 入浴準備の途中で更衣が必要になる。

 記録を書こうとした時に別の利用者が立ち上がる。

 水分補給をしている途中で排泄の訴えが出る。

 フロアで危険行為が起きれば、今している作業を中断して動かなければならない。


 一つの仕事に集中できない。

 予定通りに進まない。

 片づけたものがすぐ崩れる。

 それでも、放置はできない。


 ここに、介護現場の精神的負担がある。


 さらに、精神的負担を重くするのが事故リスクである。


 介護現場では、転倒、ずり落ち、皮膚の傷、打撲、誤嚥、体調不良など、さまざまなリスクがある。

 利用者の状態によっては、少し目を離しただけで危険につながることもある。


 車いすから立ち上がろうとする。

 ベッドから降りようとする。

 トイレに一人で行こうとする。

 センサーマットが鳴る。

 声かけをしても止まらない。

 危険だと説明しても、認知症症状などで理解が続かない。


 職員は、常に事故を防ぐ意識を持たなければならない。


 事故が起きれば、事故報告書を書く必要がある。

 危ないことがあれば、ヒヤリハット報告書を書く必要がある。


 本来、ヒヤリハットは大切である。

 事故になる前の危険を記録し、再発防止につなげるためのものだからだ。


 しかし、現実には時間がない。


 ヒヤリハットを書くべき場面はある。

 危なかった出来事もある。

 本当なら記録して、共有して、改善につなげるべきである。


 だが、現場が回っていない時には、書く時間が取れない。


 排泄介助がある。

 汚染対応がある。

 更衣がある。

 水分補給がある。

 センサー対応がある。

 入浴準備がある。

 レクリエーションがある。

 記録がある。

 次の利用者対応がある。


 その中で、ヒヤリハットまで丁寧に書く余裕がない。


 これは矛盾である。


 事故を防ぐためには記録が必要である。

 だが、事故を防ぐために現場を動き回っているから、記録を書く時間がない。


 この矛盾が、現場にはある。


 そして、記録が残らなければ、後で問題になる。

 情報共有が不十分になる。

 同じ危険が繰り返される。

 事故が起きた時に、なぜ前もって対策しなかったのかという話になる。


 しかし、現場の職員からすれば、分かっていても手が回らない。


 ここで職員個人の努力不足だけを責めるのは簡単である。

 だが、それでは構造を見ていない。


 書くべき記録がある。

 対応すべき利用者がいる。

 防ぐべき事故がある。

 片づけるべき汚染がある。

 回すべき日課がある。


 その全てを限られた人数で同時に処理しなければならない。

 だから、無理が出る。


 介護現場の精神的負担は、利用者に腹が立つという単純な話ではない。


 むしろ、無闇に怒ってはいけない仕事である。


 利用者の行動には理由がある。

 認知症症状。

 精神症状。

 不安。

 痛み。

 排泄欲求。

 環境への違和感。

 生活歴。

 薬の影響。

 体調不良。


 そうした理由が絡んでいることがある。


 だから、職員は怒りだけで対応してはいけない。

 怒鳴れば解決する仕事ではない。

 強く言えば理解してもらえる仕事でもない。


 しかし、だからといって負担が消えるわけではない。


 理由があることと、職員が疲れないことは別である。

 本人に悪意がないことと、現場の負担が軽くなることも別である。


 ここを分けなければならない。


 利用者を責めたいわけではない。

 しかし、現場の負担は確かに存在する。


 放尿がある。

 放便がある。

 弄便がある。

 更衣がある。

 清掃がある。

 事故リスクがある。

 報告書がある。

 記録がある。

 そして、それらが毎日繰り返される。


 対応しても、また起きる。

 片づけても、また汚れる。

 防いでも、また別の危険が出る。


 介護現場の精神的負担とは、この終わらない繰り返しの中にある。


 外から見える介護は、優しさの仕事かもしれない。

 だが、現場の介護は、終わらない後始末と事故予防を続ける仕事でもある。


 その実態を知らずに、介護を感謝や思いやりだけで語ることはできない。


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