47.彼らは森で地獄を見た
十四歳になった、その夏のことだった。
いつもの訓練が終わり、汗を拭いながらコーデリアは静かに考えていた。
追いかけられた時の逃げ方。凶器を持った相手からの身の躱し方。捕えられた際の縄抜け。どれも、確かに身についてきていた。
しかし、何かが足りない。
(もうすぐゲームが始まる。断罪ルート一直線の自分には、もっと根本的な力が必要だわ)
そして——
(リュカも、このままではヒモよね……)
コーデリアの盛大な思い込みなのだが、本人はいたって本気である。
(そう。わたくし達姉弟には、「生き残るための力」が必要ですわ!!)
リュカが自分と同列に並べられていることを、本人が知るのはずっと後のことである。
「ブートキャンプするわよ」
水を飲んでいたガストンが、盛大に吹き出した。
*****
ヴィクトルの執務室で、コーデリアは計画を説明した。
ヴィクトルは、しばらく黙っていた。
「うーん……さすがに貴族の令嬢が『ナイフ一本でサバイバルキャンプ』は、駄目なんじゃないかな」
「やばいと判断したら、すぐに撤収しますわ」
「やばいと判断する状況になってたら、もう手遅れということもあり得るからねぇ」
正論だった。
コーデリアは口を閉じた。
しばらくの間があった。
「……何をそんなに必死なのかね」
ヴィクトルは、静かにため息をこぼした。
「まぁ、君が何から逃げようとしているのかは、分からんでもないが」
コーデリアは、何も言わなかった。
「本当に危険だと判断したら、すぐに戻ること。それだけ約束しなさい」
それはそれは、大変仕方なさそうに、ヴィクトルが許可を下した。
「——! お父様、ありがとうございます!」
コーデリアの顔が、ぱっと輝いた。
*****
さて、その数日後。コーデリアによって生贄——ではなく、メンバーとして集められたのはガストン、リュカ。そして、ガストンをあまりにも心配したセドリックもいた。
リンは専属侍女であるのでこの場にも参加しているが、彼女はブートキャンプには参加しない。恨めしげに、リュカはリンを見つめるが、リンはいたって涼しい顔をしていた。
大きく広げられた紙に書かれた文字を見て、全員が固まった。
『一日目 出発』
『十日目 帰宅』
『この辺で折り返す』
コーデリアの文字と矢印が元気いっぱいに書かれていたが、それだけだった。三人は顔を見合わせたが、どれも絶望感しか浮かんでいなかった。
その様子に全く気付かないコーデリア。無理もない話だ。「この女には計画書を絶対に書かせてはいけない」というのは、生前の彼女のサバゲー仲間の共通認識であったのを、本人は知らなかったのである。
アランはその紙を、しばらく無言で眺めた。
「お嬢様。ブートキャンプをされるのはようございます」
全くようございません、と心の中で総ツッコミを入れたのは、コーデリア以外の全員であった。
「しかし、少し準備期間として、二十日ほどお時間を頂けますか」
「そうなの? まぁ、夏の間にできればいいけれど」
「御意」
*****
「準備してまいります」とだけ身近な人に告げたアランは、十日間ほど邸から姿を消した。なぜ、公爵家においても重要な立場にいる彼が不在なのか、使用人の誰しもが疑問に思った頃、ふと突然、アランが戻ってきた。
こけた頬にほつれた髪。どこか、やつれた様子で、普段の彼からは想像もできないほどに足元をふらつかせながら歩いていたのを、邸の者たちは信じられないような目で見た。
(一体——あの敏腕執事に何があったんだ!?)
もちろん、ブートキャンプの準備である。単身、ナイフ一本を持って件の森に入る許可を、ヴィクトルから得ていたのだ。さすがに、ヴィクトルも彼に少しだけ同情した。
コーデリアは一瞬、言葉を止めた。
「あら、あなた、もしかして——」
「準備は万全にせねばなりませんからね」
「……そうね、よくやったわ」
十日後に戻ってきたアランの手によって、余白は残らず埋め尽くされていた。水場の位置。食用植物の分布図。危険生物の行動域。野営適地。天候の読み方。負傷時の応急処置。撤退ルートの選定。日ごとの行動計画。
コーデリアの「この辺で折り返す」という矢印の真横に、アランの几帳面な文字でみっちりと注釈が添えられていた。
なお、ヴィクトルはアランの報告を受けた後、こっそりとブートキャンプ後の休暇期間を調整した。さすがにそこまでするとは、思っていなかったようだった。
*****
出発の日は、快晴だった。
馬車の前に、メンバーが集まっていた。
ガストンは、死地に送り出される兵士のような顔をしていた。
リュカは、それよりさらに青白い顔をしていた。
セドリックは、涙ながらに自主参加を申し出ていた。ガストン一人では心配だった。副団長としての、これが最後の良心だった。
なぜか共に参加することになったカインは、口元を引きつらせながらも、必死に勇気を奮い立たせようとしていた。栄養をたっぷりと摂り、訓練を積んだおかげで、出発の頃には背がぐっと伸びていた。孤児院で会っていた頃の面影は、もうほとんどなかった。
そして、コーデリアだけが、一人やけに燃えていた。
その様子を、周囲の陰からこっそりと影たちが見守っていた。ものすごく心配そうな顔をしていた。
馬車の扉に手をかけたところで、コーデリアはふと振り返った。
「あ、そういえば」
「なんですか」
「魔法禁止だから」
それだけ言って、コーデリアは馬車に乗り込んだ。
リュカとガストンの顔から、わずかに残っていた血の気が、綺麗さっぱり消えた。
カインは天を仰いだ。
セドリックは、自分の判断は正しかったと静かに確信した。
馬車が、動き出した。
王都から半日ほど揺られた先に、アルメリア家の領地が広がっていた。その奥に、深い森がある。
そして——
森の奥地から、複数の悲鳴が上がったとか、上がらなかったとか——




