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大っ嫌いな婚約者を聖女に押し付けようとしたら、あまりに良い子すぎるので廃嫡路線に切り替えました  作者: 海月あお
第三章 静かなる準備期間

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45.優雅なダンスとは

十一歳の秋のことを、コーデリアはよく覚えていた。


王太子オスカーの誕生日を祝う晩餐会。婚約者として初めて公の場に立った、あの夜のことを。


——あれは、最悪という言葉では足りなかった。


コーデリアが完璧な淑女として振る舞った瞬間、何かに対抗意識でも刺激されたのか、オスカーが「完璧な王太子殿下」をやり始めた。微笑み、エスコート、気遣い、会話。全てが教本通りだった。いや、教本が泣いて土下座するレベルで完璧だった。


毛虫で追いかけ回していたあの姿からは、想像もできないことである。あの当時の純真さをそのまま表してくれても良かったのだと、コーデリアは思っていた。それなら、さすがに王夫妻が秒で退場させてくれていただろうに、あの男めはかけらも表に出さなかった。


結果、周囲から「お似合いのご婚約者様」という、人生において一ミリも必要のない誤解を量産することになった。


最悪である。


(奴の誕生日だけ、この世から永遠に消滅しないかしら)


毎年の誕生日祝いのパーティーに隣に並ばねばいけないなど、どんな拷問か。しかしここはファンタジーな世界なのは確かではあるが、さすがに時空の法則を無視するのは不可能だった。コーデリアはあっさり諦めた。


だからこそ、誕生日以外で社交の場に隣に立たされるのは、ごめん被りたいのだが。


そんな悪夢を、十二歳になったコーデリアは再び思い出していた。


今年も、どうしても社交の場に出なければならない用が入ったのだ。


(どこかに不治の病でも落ちていないかしら)


竜討伐の旅に出るという案も一瞬浮かんだが、ヴィクトルに笑顔で却下され、素直に脱走を試みたところでリンの監視網に阻まれ、ニーナには逃走用の靴まで回収されていた。


なぜバレた。


結局あらゆる逃亡策は潰され、コーデリアは泣く泣く現実を受け入れることになった。


「涙は困りますわ、お嬢様。化粧が崩れます」


「まだ泣いていないわ」


「今にも泣きそうなお顔をされております」


リンとニーナに囲まれながら、コーデリアは処刑台へ向かう囚人のような顔で支度を受けていた。


その様子を、エレノアは少し離れた場所でくすくすと笑いながら眺めていた。


実に楽しそうだった。


味方がいない。



*****



会場に入った瞬間、周囲の視線が集まった。


完璧な王太子と、完璧な公爵令嬢。


少なくとも、周囲にはそう見えていた。


実態は違った。


音楽に合わせて踊りながら、二人は水面下で激しい戦いを繰り広げていた。


ぐり。


オスカーの靴先が踏み込んでくる。コーデリアは優雅に躱し、そのまま裾で反撃した。


「危ないですね、コーデリア嬢」


「殿下こそ、お足元がふらついておりますわ」


周囲から見れば完璧な微笑み。実際は殺気である。


踏む。避ける。踏み返す。


しかし周囲の貴族たちはうっとりしていた。


『なんて息の合ったダンス……』


違う。あれは高度な足踏み戦争である。


そして長かった社交の時間は、終わった。


帰りの馬車で、コーデリアは深く目を閉じた。


無事に終わった。


最悪だった。



*****



それから、駆け足で季節は巡っていった。


孤児院への慰問は変わらず続いた。新しく整えられたサント・クロワ院とステラ院には、以前より穏やかな空気が流れるようになっていた。ブランシュ・リリー院でも、子供たちの笑い声が増えていた。


カリタス院の子供たちもまた、少しずつ笑顔を取り戻し始めていた。泣いてばかりいた子が笑うようになり、怯えていた子が眠れるようになり、誰かの後ろに隠れていた子が、小さな声で挨拶を返すようになった。


ほんの少しずつ。けれど確かに、変わっていった。


そうして、また季節が巡る。


コーデリアは、十二歳になった。



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