44.哀れなチワワ
廊下を歩いていた時のことだった。
角を曲がったところで、コーデリアは足を止めた。
少し先の廊下に、侍女が三人集まっていた。その中心に、リュカがいた。
「リュカ様、ご要望の本が届きましたわ」
「街で人気のお菓子を買ってきましたの。良ければお召し上がりください」
「わぁ、嬉しい! ありがとう、みんな!」
リュカの顔が、ぱっと輝いた。侍女たちがきゃあと声を上げた。
「とても人気店なので、長蛇の列ができるんですの!」
「でも、リュカ様に喜んでいただけると思ったら、待っている時間もあっという間でしたわ!」
コーデリアは、廊下の角から、その光景をしばらく眺めた。
(チワワが……手懐けているのか。それとも、手懐けられているのか)
どちらなのかは分からない。ただ、一つだけ確かなことがあった。
「あざとかわいい」だけで成長した男性の末路、それは——
(このままでは、将来確実に『ヒモ』だわ)
なお、リュカがゲーム内で優秀な炎魔法の使い手であったことを、コーデリアは知らなかった。『あざとかわいい』が気持ち悪すぎて育成をサボった結果、バッドエンドを迎えたからである。ゲーム内の彼は悲惨な末路を迎えたが、その原因が他でもない自分自身にあったことに、コーデリアは微塵も気づいていなかった。
自らの優秀さに気づいてもらえないリュカ、哀れである。
(チワワをこのまま、見殺しにしてはいけないわ……!)
それは姉としての責任であった。ちなみに、チワワではなく、リュカである。
コーデリアは一つの決意をすると、楽しそうに話題に花を咲かせている彼らの元へ歩み寄った。
「リュカ」
「うわっ」
突然声をかけられたリュカは驚きの声をあげた。侍女たちも慌てて頭を下げる。
「明日、裏での騎士団用訓練場に来なさい。必ずよ」
「え? あ、姉上、急に何を突然おっしゃるのです! 僕にも都合というものがーー」
「いいから! 必ずよ! 約束ですわよ!!」
いつになく深刻な表情で詰められて、リュカは顔を上下に振った。リュカの了承を確認できたコーデリアは、来た時と同じ勢いでその場を去った。
(どんな手を使っても、生き延びる術を教えてやらなければ)
炎魔法の使い手であり、公爵家の息子でもあるリュカにどんな生き延びる術が必要なのか、その時にはまだ定かではなかったが。コーデリアは固く決意をしたのだった。
*****
翌朝、訓練場にリュカが姿を現した。
渋々、という言葉がこれほど似合う登場もなかった。
訓練場に入った瞬間、リュカは固まった。
「………………!!」
花柄の砂袋チョッキを装着したガストンが、無言でリュカを見つめていた。その目には、哀れみが宿っていた。先輩としての、確かな哀れみが。
セドリックは少し離れた場所で、苦笑いを浮かべながら佇んでいた。
そしてコーデリアは、鬼気迫る勢いでリュカを見つめていた。
リュカの顔が、じわじわと蒼白になっていった。
「よく来たわね、リュカ。さぁ、始めるわよ。生き延びるために」
いや、もはや意味が分からない。
(だ、誰か助けてーーーっ!)
リュカは声にならない悲鳴をあげたのだった。




