43.素直に嬉しい
側妃サフィーナ専用の庭園に招かれたのは、これが初めてのことだった。
案内された先には、小さなテーブルと椅子が二脚、静かに置かれていた。早春の風が、白い花をそっと揺らしていた。
「あなたと会うのは、久々ね」
サフィーナは、穏やかに微笑んだ。
「ええ、そうですわね」
当たり障りのない話が、しばらく続いた。季節のこと、王城の近況のこと。二人の間に流れる空気は、以前より幾分柔らかかった。
自然と、話は孤児院のことへと移っていった。
引き渡しのこと、子供たちのケアのこと。コーデリアが静かに話すのを、サフィーナは静かに聞いていた。
「——カリタス院の件」
サフィーナが、ふと口を開いた。
「わたくしは、何もできなかったわね」
謝罪ではなかった。しかしその一言に、全てが込められていた。立場上動けなかった、それでも目を光らせ続けていた、その重さが、静かに滲んでいた。
コーデリアは、少しの間だけ間を置いた。
「いいえ」
「……?」
「側妃様は、清掃活動の案を通してくださいました。それに——」
「あなた、孤児たちに勉強の機会を作ったそうですね」
サフィーナが、静かに続けた。
「ええ」
父から聞いたのだろうか。コーデリアは頷いた。
「とても良い取り組みだと思ったので、わたくしの方でも、一般市民街の子供たちに学校教育を広めることにしたの。もう、動き始めているわ」
コーデリアは、目を瞬かせた。
「側妃様は、ずっと民を守ってくださっていたのですわ」
サフィーナは、しばらくコーデリアを見ていた。
それから、静かに微笑んだ。
「よくやったわね」
「……恐れ入ります」
コーデリアの頬に、わずかに赤みが差した。褒められ慣れていないわけではなかった。しかしこの人に言われると、どうにも素直に受け取ってしまう自分がいた。
早春の風が、また白い花を揺らした。
*****
同じ頃、アルメリア公爵邸の一室では。
「——以上が、此度の報告になります」
ロランが、静かに言った。淡々と、しかし必要なことは全て伝えていた。
ヴィクトルは、にこにこしながら聞いていた。
「第二王子の婚約の件、ご苦労だったね」
「別に」
「あれくらいが丁度良いよ。今の彼の立場からしたら、ね」
小国との婚約。武力も影響力も、王太子の権利を脅かすほどではない。しかし足場としては十分だった。宰相派も静観するしかない、絶妙な塩梅だった。
アランは、無表情で立っていた。
「——それと、一つ」
ロランが、付け加えた。
「ある領地で、少し動きがあります」
ヴィクトルの笑みが、すっと消えた。
一瞬だけだった。
「——そうか」
それだけだった。
すぐに、いつものにこにこが戻った。
アランは、何も言わなかった。ただ、無表情のまま、静かに立っていた。




