42.急に暇になるパパ
時は、少し遡る。
闇オークション事件が終わった、その翌日のことだった。
家族で朝食を取っていた。窓から朝の光が差し込み、穏やかな空気が食卓を満たしていた。
ヴィクトルが、おもむろに口を開いた。
「そういえば、コーデリア」
「はい、何でしょう、お父様」
「あの時の子だけど——そうそう、何だっけ。ロランが連れてきた、黒髪の子だ」
「カインのことですわね」
「そう、カイン君。確か、君が引き取ると彼に話をしたんだっけ?」
「ええ、そうですわ。確か、今は使用人たちと一緒に過ごしていると思いますが」
ヴィクトルは、にっこりと笑った。
「いいねぇ」
何がいいのか、コーデリアにはさっぱり分からなかった。
「おお、そうだった」
突然、何かを思い出したように手を叩く。
「この後、ちょっと暇なんでね。せっかくだから、私が直接、カイン君を面接してあげよう」
「え? お父様がですか?」
「後で私の執務室に連れてきなさい、コーデリア」
にこにこ笑みを浮かべながらも、有無を言わさない口調だった。
それだけ言うと、ヴィクトルはすでに次の話題に移っていた。朝食の席は、何事もなかったように続いた。
アルディア王国の影の実力者とも言われる軍務卿が、暇なはずなどなかった。しかし、その場で誰一人として突っ込みを入れるものはいなかった。
*****
執務室の扉の前に、カインは立っていた。
(……入りたくない)
本音を言えば、このままここから逃げ出したかった。
あの夜の作戦会議の場を、カインはまだ覚えていた。地図に書き込まれた矢印と文字。淀みなく動く影たち。騎士団を動かし、闇オークションの会場ごと一網打尽にした、あの手際。あれが、アルメリア公爵家というものだった。
そしてその頂点に立つのが、今扉の向こうにいる男である。
(絶対に、逆らってはいけない人だ……)
それだけは、はっきりと分かっていた。
アランが、無言で扉を開けた。
カインは、覚悟を決めて中に入った。
ヴィクトルは書類から顔を上げ、カインをひと目見るなり、にこりと笑った。
「やあ、カイン君。まあ、座りなさい」
それからヴィクトルは、根掘り葉掘り聞いた。
生まれはどこか。両親のことは。今まで何をしてきたか。得意なことは。苦手なことは。将来どうしたいか。
カインは一つ一つ、正直に答えた。隠しても仕方がないと思った。何より、目の前の男の目が、全部見透かしているような気がしてならなかった。
アランは一言も喋らなかった。ただ、無表情で立っていた。
どれくらい経っただろうか。
「いいねぇ」
ヴィクトルは、にこにこしたまま言った。
「面白そうだから、君、採用」
「——え?」
拍子抜けするほど、あっさりしていた。
*****
それからのカインは、文字通り寝る間も惜しんで学んだ。
礼儀作法、立ち居振る舞い、文字の読み書き、計算、護衛の基礎。アランの後ろについて回りながら、見て、聞いて、覚えた。頭に叩き込んだ。孤児院での生活で培った勘の良さが、ここでも存分に発揮された。
ある朝、アランがカインを呼び止めた。
「カイン」
「はい」
「なかなか見込みがあります」
それだけだった。
アランはすぐに踵を返した。
カインはしばらく、その背中を眺めていた。
褒められた、ということは、分かった。
*****
時は戻り、春。
今日は、コーデリアが側妃サフィーナのお茶会に参加する日だった。準備を整えて出立に向かう時、廊下でカインを見つけた。
パリッとした侍従服に身を包んで忙しそうにしていたが、コーデリアの姿を目にした途端、彼はパッと頭を下げた。
コーデリアは、ひと目見て言った。
「あら、意外と似合うのね」
クスリと笑い、馬車へ向かって歩き出した。
カインは、その場に立ったまま動けなかった。
顔が、熱かった。
(……なんで、こんなに顔が熱いんだ)
悲しいかな、完全なる一方通行であることを知っているのは、ただアラン一人であった。
普段はアランや他の人が面接をするのに、カインだけパパンが面接をしています(笑)




