38.これがアルメリア
深夜だった。
(——なんだ?)
物音で目が覚めた。
カインは寝床から身を起こし、耳を澄ませた。外が、妙に騒がしかった。いや——騒がしいのではない。音を消そうとしている気配が、する。
静かに外へ出た。冬の夜気が、鋭く頬を刺した。
路地の先に、馬車が停まっていた。一台ではなかった。灯りを落とした馬車が、何台も、音を立てずに並んでいた。
(これはーーやばい!!)
踵を返し、裏の建物へ駆け戻った。眠っている子供たちを、音を立てないように一人ずつ叩き起こす。
「まずいことになった。俺はコーデリアを呼んでくる。すぐ戻るから、待ってろ!」
それだけ言って、走り出した。
コーデリアが教えてくれた裏道を、全力で駆け抜ける。夜の王都は暗く、足元は見えなかった。
表の施設の子も、裏の建物の子も、時折いなくなることはあった。しかし——馬車があんなに並ぶことは、今まで一度もなかった。
(一体、何が——)
起こしたあの子供たちの顔が目に浮かぶ。不安で胸が押しつぶされそうになった、その時。
馬の駆ける音が聞こえてきた。
「乗れ!」
速度を落としながら、騎乗の人物が腕を伸ばしてくる。一体何者か、なぜこんな深夜に黒づくめの男が馬を駆けているのか。
足が止まりかけた、その瞬間。
「早く! 時間がないんだろ!」
その目が、コーデリアに似ていた。
「——っ、分かった!」
次の瞬間、腕を掴まれ引き上げられていた。
「アルメリア公爵家に向かう」
「……あんたは?」
「ロランだ」
返答は短かった。
「速度を出す。全力で捕まってろ」
夜の王都を、馬が駆け抜けていった。
*****
その時、寝静まった寝室に、リンが入ってきた。眠るコーデリアの肩に、静かに手をかける。
「お嬢様」
普段と違う様子だったのは、即座に分かった。
「何かあったの?」
「カリタス院が動きました」
その瞬間、コーデリアはすぐに駆け出した。
「お父様!」
軽装に着替えたコーデリアが扉を開けて中に入ってきた。
「来たか」
「ええ、状況はどうなの?」
ヴィクトルの隣に立つアランが説明をする。机に広げられた地図には、すでに細かい文字と矢印がびっしり書き込まれていた。
「まず、表の施設の子供、裏の建物の子供が馬車に乗せられ、二手に分かれて目的地に向かっております」
「そうなの? 行き先は?」
「現在追跡中ですが、まぁ、おおかたこの辺りでしょう」
中規模の貴族が住む地域と下層市民街の中に、丸をつけられた建物があった。潜入のための入り口、見張りの位置。全て打ち合わせ済みなのだろう。
「子供たちは無事なの? ラルドンや、集まってる悪党どもは——」
「騎士団に任せるよ。アンリに、シリルと共に行かせている。アンリだけでは説得力不足だろうが、シリルがいれば、まぁ大丈夫だろう」
ヴィクトルは答えた。アルメリア公爵家次期当主としての重さを用いたのだろう。
コーデリアは息を飲んだ。長男シリルも、三男アンリも、すでに動いていた。自分がこの部屋に着く前に、もう全てが動き出していたのだ。
これが、アルメリア公爵家。そしてーー軍務卿ヴィクトル・ロゼ・アルメリア。
その時、扉が再び開いた。
そこにいたのは、カインと、黒装束に身を包んだ次男ロランだった。
「カイン! 無事だったのね!!」
「コーデリア……」
コーデリアはカインの元に駆け寄る。カインはまだ、己が置かれている状況を飲み込めていないようだった。
コーデリアは横に立つロランを見上げる。
「お兄様が、カインを連れてきてくださったのですね」
「お兄様? ——って、もしかしてこの人が」
カインは自分をこの場に連れてきたロランを見上げて、驚きの声をあげた。
「コーデリア、よく頑張ったな」
ロランはコーデリアの頭を優しく撫でると、ヴィクトルの元へ行く。その後ろ姿を見ながら、コーデリアは今までの自分の取り組みは無駄ではなかったのだと知り、目尻に涙を浮かべた。
(でも……本番はこれからだわ)
乱暴に袖で目元を拭い去ると、まだ呆けているカインを連れてロランの背中を追いかけた。
*****
二手に分かれて動くことが決まった。
カインはアランと共に裏の建物の子供たちのもとへ。コーデリアはロランと共に表の施設の子供たちの救出へ。
出発の準備が整った頃、夜はまだ深かった。
カインはアランの前に乗った。コーデリアはロランの前に乗った。
馬が並んだ瞬間、コーデリアはカインを見た。
「気をつけて」
「ああ。お前も……」
それだけだった。
二頭の馬が、夜の王都へ向けて走り出した。
すでに影達が配置されている、その場所へ——




