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大っ嫌いな婚約者を聖女に押し付けようとしたら、あまりに良い子すぎるので廃嫡路線に切り替えました  作者: 海月あお
第二章 改革と暗闇

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39.にいちゃん

夜の下層市民街は、静かだった。


街灯もまばらな路地の奥、古びた建物の前に、影たちはすでに配置についていた。物音一つ立てず、闇に溶け込んで。


建物の中からは、明かりが漏れていた。


「こいつら、どうします?」


「とりあえず、ここに連れてこいとしか、言われてないしなぁ」


のんきな声が、壁越しに聞こえてきた。


カインは建物の壁に背をつけたまま、息を殺した。アランが隣に立っていた。相変わらず、無表情だった。


「オイラ、嫌ですよ。ガキどもの世話なんて」


「俺だってそうだぜ。泣く、喚く、手がかかる」


「オイラなんか、さっきは腕を噛まれちまったんですぜ。まぁ、ムカついて一発やっちまったけど」


「ひでぇな、お前」


笑い声が上がった。


カインの手が、ぐっと握られた。


肉を焼く匂いが、微かに漂ってきた。酒瓶の触れ合う音がした。


(こいつら——)


「面倒くせぇな。いっそやっちまいましょうぜ」


カインの体が、僅かに前に出た。


「そうだな。金も受け取ったし、もうガキども抱えてても面倒だ。適当に始末して、とっととずらかるか」


その時、アランが静かに指を動かした。


次の瞬間、扉が蹴破られた。


中にいたごろつき三人は、酒と肉を前に、まさにくつろいでいるところだった。


一人目が、声を上げる前に床に沈んだ。二人目が、椅子を蹴倒しながら立ち上がりかけたところを、影が無言で仕留めた。三人目が、武器に手をかけようとした瞬間、アランが静かに片をつけた。


あまりにも、あっけなかった。


呻き声一つ残して、三人は床に転がった。肉の刺さったままの串が、転がり落ちた。


カインはその場に突っ立ったまま、全てが終わるのを見ていた。戦力として数えられていなかったことは、疑いようもなかった。


アランは乱れた袖を、静かに整えた。


カインは転がった男から鍵をむしり取ると、奥の扉へ向かって走った。鍵穴に差し込む手が、震えていた。


扉が開いた瞬間、うずくまっていた子供たちが顔を上げた。


「にいちゃん!!」


五人の小さな体が、次々とカインに飛びついてきた。しがみついて、離さなかった。嗚咽が重なり合い、薄暗い部屋の中に響いた。


カインは、その場に膝をついた。


「お前ら……良かった、無事で」


瞼の裏が、熱かった。


小さな手が、服を掴んでいた。泣き声が、耳の中で重なっていた。来てよかった。間に合ってよかった。それだけが、頭の中にあった。


「そういえば、あいつは——っ!」


「無事です。しばらくは痛むでしょうが、じきに治るでしょう」


腹部を押さえて倒れていた子供の容態を確認したアランが、静かに報告した。


カインは、長く息を吐いた。


子供たちの泣き声が、少しずつ収まっていった。


撤収の合図が出たのは、それからすぐのことだった。


影たちが子供たちを順番に外へ連れ出していく。カインとアランが最後尾につきながら、夜の路地へ出た。


冷たい夜気が、頬を撫でた。


(コーデリア、無事でいろよ……)


星のない夜だった。



*****



同じ頃、王都の別の一角。


一頭の馬が、煌々と明かりの灯る建物の前に止まった。


ロランが先に降り、コーデリアに手を貸した。二人が地に足をつけた瞬間、周囲の闇から、音もなく人影が集まってきた。


「中の様子はどうだ」


ロランが言った。


「そろそろ始まるようです」


「分かった。行くぞ」


複数の足が、静かに動き出した。



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