表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大っ嫌いな婚約者を聖女に押し付けようとしたら、あまりに良い子すぎるので廃嫡路線に切り替えました  作者: 海月あお
第二章 改革と暗闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/49

33. 握りしめられた銅貨

清掃活動が始まって、三ヶ月が経っていた。


「何してるの?」


声をかけてきたのは、小さな男の子だった。


ズダ袋を手に、落ち葉を拾っていたステラ院の少年が顔を上げた。


「街の清掃活動だよ。孤児院のみんなでゴミ拾いしてるんだ。頑張ったら、後でお金もらえるんだぜ!」


「いいなぁ……」


男の子は、ズダ袋を見つめた。


「ねぇ、ぼくも孤児院にいるんだけど、ぼくも参加したら、お金もらえるかな?」


「? ああ、たぶんもらえると思うぜ。一緒にやるか?」


「うん!」


男の子は、ぱっと顔を輝かせた。


ステラ院の少年は、その顔を見て、何かを言いかけて、やめた。孤児院の名前も、どこから来たのかも、聞かなかった。なんとなく、聞かない方がいい気がした。



*****



同じ頃、コーデリアはカリタス院の裏にいた。


十歳になった春から、この抜け道を使うようになって久しかった。ラルドンに悟られないよう、毎回同じ経路を辿る。体が覚えてしまうくらいには、通い慣れた道だった。


初めてここを訪れた時と比べると、子供たちの顔色は幾分ましになっていた。リンが届ける補給のおかげである。ただし、それだけだった。環境そのものは、何も変わっていなかった。


あの黒髪赤目の少年——カインが、壁際に立っていた。


コーデリアは切り出した。


「清掃活動に、この子達を参加させられないかと思って」


「無理だ」


間髪を入れずに返ってきた。


「ラルドンに気づかれる」


「……分かってはいるのだけれど」


部屋の端で、小さな子が膝を抱えて座っていた。こちらをちらりと見て、すぐに目を伏せた。外の光が、細い窓からわずかに差し込んでいた。


コーデリアは、口を開いた。


「——もう少し、証拠が揃えば」


自分の言葉が、ひどく空虚に聞こえた。


分かっている。今動けば取り逃す。父もそう言っている。それは正しい。正しいのだが。


カインは何も言わなかった。ただ、黙ってコーデリアを見ていた。


沈黙は、責めるものでも、慰めるものでもなかった。ただそこにあった。



*****



テオは几帳面な男だった。


報酬の配布は、必ず院ごとにまとめて行う。サン・ミカエル院、ブランシュ・リリー院、オーロラ学舎、サント・クロワ院、ステラ院——順番に名前を呼び、一人ずつ確認しながら銅貨を手渡していく。三ヶ月も続ければ、顔も名前も大体は覚えてくる。


今日もその手順で進め、ステラ院の最後の一人に銅貨を渡し終えた。


「以上で——」


まだ、いた。


列の端に、三人の子供が並んでいた。


テオは眉を寄せた。見覚えがない顔だった。いや、正確には——今日初めて見る、という感じではなかった。何度かちらりと見かけた気はする。ただ、どこの院の子なのかが、ずっと引っかかっていた。


「君達は、どこの院だ?」


三人は、黙った。


視線が、足元に落ちた。


身なりは清潔だが、どこかくたびれている。他の子達と、少し違う。


「あ、この子達!」


割り込んできたのは、ステラ院の少年だった。


「最近うちに入った新入りで。さっき一緒にやってたから、連れてきたんです。ね?」


「……うん」


一番小さな子が、かろうじて頷いた。


テオは、少年を見た。少年は、にこにこと笑っていた。


テオはしばらくその顔を眺めた。それ以上、何も聞かなかった。


三人に、銅貨を渡した。


三人は、両手でそれを受け取った。



*****



カリタス院の裏の建物に、子供たちが戻ってきたのは、それからしばらく後のことだった。


三人は、音を立てないように扉を開けた。息を潜めるようにして、部屋に入ってきた。


コーデリアとカインは、まだ話していた。


いや——話していた、というより、沈黙していた。コーデリアが言葉を探しあぐねていて、カインがそれを黙って待っている、そういう間だった。


三人の子供は、二人に気づいて、ぴたりと足を止めた。


コーデリアとカインは、ほぼ同時に顔を上げた。


三人の手に、銅貨が握られていた。


小さな手のひらに、しっかりと。


コーデリアとカインの視線が、銅貨から子供たちの顔へ移った。それからゆっくりと、互いの顔へと向いた。


目が、合った。


どちらも、何も言わなかった。


子供の一人が、おずおずと口を開いた。


「……もらってきた」


それだけだった。


コーデリアは、少しの間だけ目を閉じた。


それから、ごく普通の顔で言った。


「そう」


カインも、何も聞かなかった。ただ、小さく息を吐いた。


部屋に、夕方の光が差し込んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ