33. 握りしめられた銅貨
清掃活動が始まって、三ヶ月が経っていた。
「何してるの?」
声をかけてきたのは、小さな男の子だった。
ズダ袋を手に、落ち葉を拾っていたステラ院の少年が顔を上げた。
「街の清掃活動だよ。孤児院のみんなでゴミ拾いしてるんだ。頑張ったら、後でお金もらえるんだぜ!」
「いいなぁ……」
男の子は、ズダ袋を見つめた。
「ねぇ、ぼくも孤児院にいるんだけど、ぼくも参加したら、お金もらえるかな?」
「? ああ、たぶんもらえると思うぜ。一緒にやるか?」
「うん!」
男の子は、ぱっと顔を輝かせた。
ステラ院の少年は、その顔を見て、何かを言いかけて、やめた。孤児院の名前も、どこから来たのかも、聞かなかった。なんとなく、聞かない方がいい気がした。
*****
同じ頃、コーデリアはカリタス院の裏にいた。
十歳になった春から、この抜け道を使うようになって久しかった。ラルドンに悟られないよう、毎回同じ経路を辿る。体が覚えてしまうくらいには、通い慣れた道だった。
初めてここを訪れた時と比べると、子供たちの顔色は幾分ましになっていた。リンが届ける補給のおかげである。ただし、それだけだった。環境そのものは、何も変わっていなかった。
あの黒髪赤目の少年——カインが、壁際に立っていた。
コーデリアは切り出した。
「清掃活動に、この子達を参加させられないかと思って」
「無理だ」
間髪を入れずに返ってきた。
「ラルドンに気づかれる」
「……分かってはいるのだけれど」
部屋の端で、小さな子が膝を抱えて座っていた。こちらをちらりと見て、すぐに目を伏せた。外の光が、細い窓からわずかに差し込んでいた。
コーデリアは、口を開いた。
「——もう少し、証拠が揃えば」
自分の言葉が、ひどく空虚に聞こえた。
分かっている。今動けば取り逃す。父もそう言っている。それは正しい。正しいのだが。
カインは何も言わなかった。ただ、黙ってコーデリアを見ていた。
沈黙は、責めるものでも、慰めるものでもなかった。ただそこにあった。
*****
テオは几帳面な男だった。
報酬の配布は、必ず院ごとにまとめて行う。サン・ミカエル院、ブランシュ・リリー院、オーロラ学舎、サント・クロワ院、ステラ院——順番に名前を呼び、一人ずつ確認しながら銅貨を手渡していく。三ヶ月も続ければ、顔も名前も大体は覚えてくる。
今日もその手順で進め、ステラ院の最後の一人に銅貨を渡し終えた。
「以上で——」
まだ、いた。
列の端に、三人の子供が並んでいた。
テオは眉を寄せた。見覚えがない顔だった。いや、正確には——今日初めて見る、という感じではなかった。何度かちらりと見かけた気はする。ただ、どこの院の子なのかが、ずっと引っかかっていた。
「君達は、どこの院だ?」
三人は、黙った。
視線が、足元に落ちた。
身なりは清潔だが、どこかくたびれている。他の子達と、少し違う。
「あ、この子達!」
割り込んできたのは、ステラ院の少年だった。
「最近うちに入った新入りで。さっき一緒にやってたから、連れてきたんです。ね?」
「……うん」
一番小さな子が、かろうじて頷いた。
テオは、少年を見た。少年は、にこにこと笑っていた。
テオはしばらくその顔を眺めた。それ以上、何も聞かなかった。
三人に、銅貨を渡した。
三人は、両手でそれを受け取った。
*****
カリタス院の裏の建物に、子供たちが戻ってきたのは、それからしばらく後のことだった。
三人は、音を立てないように扉を開けた。息を潜めるようにして、部屋に入ってきた。
コーデリアとカインは、まだ話していた。
いや——話していた、というより、沈黙していた。コーデリアが言葉を探しあぐねていて、カインがそれを黙って待っている、そういう間だった。
三人の子供は、二人に気づいて、ぴたりと足を止めた。
コーデリアとカインは、ほぼ同時に顔を上げた。
三人の手に、銅貨が握られていた。
小さな手のひらに、しっかりと。
コーデリアとカインの視線が、銅貨から子供たちの顔へ移った。それからゆっくりと、互いの顔へと向いた。
目が、合った。
どちらも、何も言わなかった。
子供の一人が、おずおずと口を開いた。
「……もらってきた」
それだけだった。
コーデリアは、少しの間だけ目を閉じた。
それから、ごく普通の顔で言った。
「そう」
カインも、何も聞かなかった。ただ、小さく息を吐いた。
部屋に、夕方の光が差し込んでいた。




