表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大っ嫌いな婚約者を聖女に押し付けようとしたら、あまりに良い子すぎるので廃嫡路線に切り替えました  作者: 海月あお
第二章 改革と暗闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/47

26.パパは何でもお見通し

「清掃活動ですか? 孤児達による?」


「ええ、そうですわ」


セドリックが両腕を広げて掴みかかろうとすると、コーデリアはさっとしゃがんで腕の下を通り抜けた。その後ろ姿を追いかけるように蹴りを放つと、コーデリアは大きく後ろにジャンプする。


初めての訓練の日から走り込みをずっと続けていたコーデリアは、腹筋や背筋、腕立て伏せも少しずつ組み入れ、基礎体力を上げていった。今はそこに、実際に敵から逃げ回る訓練を追加したのだ。


「下層の子供たちが——」


セドリックが掴みかかる。コーデリアはその脇をすり抜け、素早く距離を取った。


「——自分たちで、少しずつ稼げる仕組みの——」


次の瞬間、セドリックの腕がコーデリアの肩口を捉えかけた。コーデリアはとっさに膝を折り、辛うじてその手をかわす。


「——鍵にならないかと、思いまして」


息が上がってきた。なお、セドリックの攻撃は最初から全て寸止めだった。触れる寸前で必ず手が止まる。どこからともなく感じる視線の圧が、あまりにも恐ろしかったからである。セドリックはコーデリアの息が上がってきたのを見て、静かに仕掛けるのをやめた。


「少し休みましょう」


コーデリアは素直に頷いた。異論を唱えるだけの息が、残っていなかった。


訓練場の端に置かれた水差しから、セドリックが無言でカップに水を注いで差し出した。コーデリアはそれを両手で受け取り、一口飲んだ。冷たい水が、熱くなった喉をゆっくりと下りていく。


数日前から、この話が頭を離れなかった。


側妃との立ち話の中で、コーデリアは口にしていた。現物では補えないものがある、と。急な怪我、突然の病、日々の細々とした出費。そういうものに対応できる手元の金が、下層の子供たちには圧倒的に足りていない。かといって支援金を渡せば、また暴漢に目をつけられる。ではどうするか。


答えが出たのは、市場で野菜屋の女将と話した帰り道だった。


道の端に積まれたごみを眺めながら、二つの問題が頭の中で重なった瞬間があった。綺麗にしたくても手が回らない街と、お金が必要なのに稼ぐ手段がない子供たち。繋げればいい、とただそれだけを思った。支援ではなく、労働の対価として。施しではなく、自分たちで稼いだお金として。


仕組みとしては、筋が通っている。


ただ、頭の中で筋が通っているだけでは足りなかった。だから今日、訓練の合間にこの話を切り出したのだ。副団長も忙しい身である。まとまった時間をわざわざ取ってもらうより、どうせ休憩を挟むなら、その合間に聞いてしまえばいい。


セドリックは平民の出で、今も一般市民街に住んでいると聞いていた。騎士団の中でも貴族出身者が多い中、彼だけが実際にその街で暮らしている。制度として機能するかどうかより先に、住んでいる者としてどう感じるかを、まず聞いてみたかった。


「セドリック様は、一般市民街にお住まいでしたわね」


「はい。生まれも育ちも、あのあたりです」


「では、率直に聞かせてください」


コーデリアはカップを膝の上に置いた。


「住んでいる方として、街が綺麗になることは——嬉しいと思われますか?」


セドリックは少し間を置いた。


「……嬉しいですね」


答えは、静かだった。しかし迷いはなかった。


「道が綺麗だと、気持ちが違います。子供たちが遊んでいても、転んで怪我をする心配が減る。病気も出にくくなる。住んでいる者には、それだけで十分すぎるくらいの話です」


コーデリアは小さく頷いた。


「ただ」


セドリックが続ける。


「孤児院の子供たちが自分たちで稼ぐとなると、その報酬をどこから集めるかが問題になります。市民街の住民から徴収するのは、難しい」


「ええ、そこが問題ですの」


コーデリアは率直に認めた。住民から集める余裕はない。かといって公爵家が全額を出し続ける形では、制度として長続きしない。支援ではなく仕組みとして動かしたいなら、安定した資金源が必要だった。そこだけが、数日考えても答えが出なかった部分だった。


セドリックも腕を組んだまま、答えを出せずにいた。



*****



訓練を終えたコーデリアがヴィクトルの執務室を訪ねたのは、まだ午前中のことだった。


「資金源が見つからないのですわ。市民街の住民から集めるわけにもいきませんし——」


ヴィクトルはコーデリアの顔を見た瞬間から、にこにこしていた。報告が始まる前から、既ににこにこしていた。娘が執務室に顔を出すたびに自動的ににこにこする父親の顔を、コーデリアは特に気に留めなかった。


「それなら、貴族連中からお金を集めさせればいいだろう」


「王都整備の名目で、ということでしょうか。ですが、反対する者も——」


「そうそう、そういえば」


コーデリアの言葉を、ヴィクトルが穏やかに遮った。


「側妃様は午後に、少しまとまった時間が空いているそうだよ。アポイントを取ってあるから、すぐに行きなさい」


(は?)


コーデリアは一瞬、止まった。


(……訓練中の話なのに、なぜ知っているの)


疑問が頭に浮かびかけた次の瞬間、両脇からガシッと腕を掴まれた。


いつの間にか背後に控えていた侍女二人が、コーデリアを無言で退室方向へと誘導し始めた。湯浴みの準備とドレスの用意が既に整っていることは、その迷いのない動きが雄弁に語っていた。


「ちょ——」


「うんうん、頑張っておいで」


ヴィクトルは執務机の向こうで、終始にこにこしたままだった。


廊下に引き出されながら、コーデリアは静かに悟った。この父が、娘の動向を把握していないことは、おそらく一度もなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ