25.発見
今日はステラ院への支援物資の調達に来ていた。
一般市民街に向かうため、コーデリアの装いは簡素だ。だが、艶やかな髪と肌の白さ、立ち居振る舞いの品の良さまでは隠しきれなかった。
手慣れた様子で、荷馬車の荷台に乗り込む。現物支給の支援を始めた当初だけは、リンが微かに眉を寄せたが、今はもう何も言わない。
御者台との間に幌もない簡素な荷馬車だった。コーデリアは積まれた空の木箱に腰を落ち着け、流れていく街並みを眺めた。
一般市民街に入ったあたりから、景色が変わった。
道の端に、腐りかけた野菜くずや薄汚れた布切れが無造作に寄せられている。行き交う人々は誰も気にした様子がない。
(結構汚れているのよね)
最初の頃は、支援の仕組みを整えることで頭がいっぱいだった。街の様子に目を向ける余裕が生まれたのは、ここ最近のことである。
隣に座る院長のドミニクが、のんびりとした口調で口を開いた。
「おかげさまで、子供たちも毎日元気に走り回っております」
「子供たちが元気でいてくれることが、何よりですわ」
コーデリアは荷台の揺れに身を任せながら、ドミニクに向き直った。
「最近の孤児院周辺の治安は、いかがですか?」
ドミニクが少し表情を和らげた。
「おかげさまで、今はだいぶ落ち着いてまいりました。あの日の後に公爵家の方がわざわざ確認に来てくださった以降は、それはそれは平和な日が続いております」
「それは何よりですわ」
コーデリアが現物支給の方針をヴィクトルに報告したのは、暴漢事件からほどなくしてのことだった。ヴィクトルはすぐに公爵家の者を二院へ送り込み、不足な物などを調査した。
その頃、下層市民街の路地で、十数人の男たちが倒れているのが発見されていた。拳や足で散々に痛めつけられた跡があり、何本かの血まみれのナイフが落ちていた。どこかの徒党同士で揉め事でも起きたか、と住民たちは思った。いつもより少し人数は多かったが、下層市民街では珍しいことではなかったため、住民はそれほど気にすることはなかった。
ドミニクの表情が、ほんの少し曇った。
「以前は、食べるものも満足になく、悪さをしてしまう子もおりました」
「そう——」
コーデリアは少し眉を寄せた。
かつてステラ院の子供たちは、下層市民街の住民たちからも遠巻きにされていた。腹を空かせた子供が盗みに走ることもあった。見つかれば折檻されたが、立場の弱い子供たちには、それに抗う術がなかった。
支援が届くようになってから、子供たちの身なりが変わった。髪も体も清潔になり、顔色も見違えるほどよくなった。ある日、子供たちがもらったクッキーを手に町に遊びに出た際、興味を持った街の子供たちにそのクッキーを分けたそうだ。孤児院の子供たちは、また貰えることを知っていたからだ。それ以降は、町の子供たちとも分け隔てなく遊べるようになったという。
「子供たちが、最近よく笑っております」
ドミニクが、ぽつりと言った。その声には、隠しきれない安堵があった。
「……そう。それは、とても良いことですわね」
その言葉は、いつもより少しだけ柔らかかった。
*****
荷馬車が止まった。目的地の市場だった。
ドミニクと連れ立って荷台を降りると、活気のある売り声が四方から飛んでくる。焼き立てのパンの香り、野菜の青臭さ、人いきれ。一般市民街の中でも下町に近いこのあたりは、行き交う人々の顔つきが少し違う。
「おや、また来たのかい」
野菜屋の前に立つと、恰幅のいい女性が顔を上げた。三十代後半といったところだろうか。人懐っこい目で、コーデリアをざっくばらんに眺めている。
「ええ、こんにちは」
「いつものやつでいいんだろう?」
「お願いしますわ」
女性が手際よく野菜を選びながら、ぼやくように続けた。
「ほんと、お嬢ちゃんはいつも偉いねえ。うちのバカ息子に、爪の垢を飲ませてやりたいくらいだよ」
コーデリアは微笑んだ。
「ところで——」
コーデリアは道の端に溜まっているごみを見つつ、言葉を選びつつ口を開く。
「少しだけ伺ってもよろしいかしら。この辺り、道の端に汚れが目につくようで——お掃除が大変なのかと思いまして」
「ああ、やっぱり、お嬢ちゃんの目にはどうしても汚く見えちまうよね。だけど、どうも忙しいと後回しになっちまうんだよ。綺麗な方がいいのはわかってるんだけどねぇ」
女性は小さくため息をついた。
「何とかしたいとは思ってるんだけどねぇ」
「お店の方もあると、手が回らないですものね。聞かせてくださり、ありがとうございました」
女性が「またおいで」と手を振る。
ドミニクが代金を支払い、二人は次の店へと歩き出した。
コーデリアは、あちこちに散らばるごみに目をやりながら歩いた。下層市民街は、ここよりもっと汚い。浮浪者が路地に寝転び、昼間から酔っ払いが壁にもたれている。一般市民街ですら、この有様なのだ。下層市民街の路地にまで、人の手が届くはずもなかった。
なんとかならないものか、という気持ちだけが、静かに胸の中に残っていた。




