23.静かに仕込み始めます
それから、コーデリアの走り込みが始まった。
貴族令嬢としての勉強は待ってくれない。礼儀作法、語学、歴史、算術。そういった授業の合間を縫いながら、コーデリアは鍛錬に励んだ。
早朝、邸の裏手の訓練場を、小さな影がひたすら走る。最初は一周で息が切れた。それが二周になり、三周になり、気づけば汗だくになりながらも足が止まらなくなっていった。八歳なりに、確実に変わっていた。
支援の形も、変わった。
中規模の孤児院への訪問は月一回、あるいは二ヶ月に一回へと頻度を落とした。その分、下層市民街のサント・クロワ院とステラ院への訪問回数を増やした。院長と並んで市場を歩き、その日に必要なものを一緒に選ぶ。食料、衣類、家具。建物の傷んだ箇所は職人を手配して修繕した。金ではなく、必要なものそのものを届ける。院長達の表情が、少しずつ柔らかくなっていった。
カリタス院への対応は、より慎重に進めた。
表向きの訪問回数を減らしながら、その隙間に裏の建物への侵入経路を少しずつ確保していった。どの扉から入るか。どの時間帯なら職員の目が届きにくいか。滞在できる時間はどれくらいか。アランと丁寧に詰めた情報をもとに、コーデリアは慰問のたびに少しずつ動いた。
コーデリアが直接裏の施設へ物資を届ける回数が増えていくうちに、あの反抗的な態度を見せた黒髪の少年も、少しずつ心を開いていったようだった。ある日、物資を受け取った後、彼はぼそりと呟いた。
「……あ、ありがとな」
目は合わせなかった。それでも、確かに感謝の気持ちがあった。
(まるで、野生の猫の餌付けに成功した気分だわ)
この心の声は、決して彼に伝えることはなかった。
オスカーとのお茶会は、さりげなく回避するか、短時間で切り上げるかして、なんとかやり過ごしていた。しかしその結果、マリアンヌにお茶会へ誘われるようになってしまったのは、完全な誤算だった。
一方で、廊下で時折通りかかる側妃に声をかけられるようになり、少しずつ言葉を交わすようになっていた。いつか時間をとって、しっかりお話してみたい——そんな思いが、静かに芽生えていた。
それから季節が巡り、年を越して、また春になった。
コーデリア、九歳である。




