19.わたくしのせい
気持ちを整理しきれないまま、コーデリアはステラ院へと向かった。先ほどの衝撃が抜けきらなかったため、パンだけ渡して帰るつもりだった。
人当たりの良い中年のドミニク院長が、いつもと変わらない笑顔で出迎えに来た。
パンの籠を手渡しながら、コーデリアは静かに口を開いた。
「——実は先ほど、サント・クロワ院でごろつきに遭遇しました。院長から話を聞いたところ、長い間金品を要求され続けていたとのことです」
ドミニクの笑顔が、僅かに揺れた。
「ですので、正直に教えてください。こちらでも、同じようなことはございませんでしたか?」
しばらくの沈黙があった。
ドミニクは俯き、それからゆっくりと顔を上げた。目が、潤んでいた。
「……はい」
絞り出すような一言だった。
「長い間、金品を要求されておりまして。断れば子供たちに何をされるか分からないと脅されて……子供たちを守るためにと、ずっと払い続けておりました」
「なぜ、誰にも相談しなかったのですか」
「言ったところで、どうにもならないと思っておりましたので」
ドミニクは俯いたまま、続けた。
「こんな場所に……下層市民街の孤児院に、貴族のお方が足を運んでくださることなど、これまで一度もございませんでしたから」
ドミニクが、声を詰まらせた。胸を締めつけるような言葉とともに、ドミニクは静かに泣き崩れた。
「コーデリア様が、初めて来てくださったのです」
貴族たちが支援する場所を選別していたのは間違いないが、その結果、下層市民街の孤児院にこれほどまでの負担がかかっていたとは。拳を強く握りしめながら、コーデリアは筆頭公爵家の娘として、その事実を静かに受け止めていた。
*****
帰りの馬車の中は、静かだった。
窓の外を流れる下層市民街の景色を、コーデリアはじっと見つめていた。
八歳の体は、正直だった。震えていた足も、浮かんだ涙も、全部。
下層市民街の治安は悪い。それは聞いていたし、想像もしていた。しかし今日、初めて身をもってその現実を体感した。
唇を噛む。悔しさと悲しさと、自分への憤りが、ないまぜになって胸の中に渦巻いている。
コーデリアは細い両腕で、自分の体をぎゅっと抱きしめた。掴んだ手に力が入る。それでも涙は流さない。ただ、揺れる馬車の窓の向こうを、静かに強く睨みつけていた。




