17.チワワに昇格
朝食が解散し、コーデリアが自室へと向かって廊下を歩き始めた頃のことだった。
「……姉上。ちょっとよろしいですか」
背後からかかった声に、コーデリアは足を止めた。
振り返ると、リュカが廊下の中央に立っていた。小さな眉は、朝食の席からずっと寄ったままだった。
「何かしら」
「何を企んでいるのですか、姉上」
「企む?」
「先程の発言です。反省した、迷惑をかけて申し訳なかったなどと——そんなの、嘘に決まっている」
「嘘ではないわ」
「嘘です!」
「わたくしの本当の気持ちですわ」
断罪ルートも婚約継続も嫌なのは、本当だ。これっぽっちも嘘ではない。
「そんなの——あんなに、僕のことをいじめてからかってきた姉上の言うこととは、到底思えない!!」
過去にされたことを思い出したのか、彼はわなわなと怒りに体を震わせている。
はて、そんな酷いことでもしただろうか。コーデリアは、自分が転生する前のことを思い出した。
屋敷の庭の池に突き落としたこと。寝室の布団に百足や蜘蛛を忍び込ませたこと。激辛のお菓子をわざわざ作って無理やり食べさせたこと。数え上げればきりがない。
(まるで、あのアホ王子みたいだったわね、過去のわたくし)
コーデリアは素直に反省した。
「そうね。あなたにも、本当に悪いことをしたわ。ごめんなさいね」
あっさりと謝られたことが、かえって癪に障ったらしい。リュカの顔が、さらに怒りに歪んだ。
「そんなの信じられる訳ないだろーー!!」
叫ぶと同時に、リュカは踵を返した。父譲りの真紅のふわふわした髪を揺らしながら、廊下を走り去っていく。
コーデリアはその背中を見送りながら、ふとゲームの記憶を手繰り寄せた。
ゲームでは、リュカは攻略対象者のうちの一人だ。王子然、冷静沈着、熱血漢等、様々な性格の攻略対象が揃う中で、彼だけが一人年下の「かわいい弟」役だった。
可愛らしい顔をしてうるうるとした瞳で甘えてくるその姿——それが、彼女には「あざとかわい子ぶり」に見え、かえって気持ち悪いものとしか映らなかったのである。
(そう——だから確か、バッドエンドだったのよね)
ゲーム内で彼は、証拠を暴いて姉を断罪する側に回るのだ。だがその後、身内を処刑まで追い込んだことへの反発が広がり、最初は彼を擁護していた者たちも次第に離れていく。やがて耐えきれなくなった彼は、領地の奥地の邸に一人寂しく引きこもる——そんな末路だったはずだ。
友達に半ば強引に押し付けられた乙女ゲームに対してやる気の出なかった彼女は、渡された攻略本も全く読まず、気持ちの乗らないキャラは適当にし、難しそうな場面では力技でゴリ押しをし——そうやって全キャラをコンプリートしただけであったので、ゲームの内容はかなりうろ覚えだったのである。もちろん、再プレイして攻略し直そうなどという考えは、微塵も浮かばなかったのである。
相手が聖女ではなく姉である自分だからか、廊下を走り去ったリュカには、あざとかわいい姿など微塵も感じられなかった。
(ゲームでの印象とは、全く違うわね)
毛がふわふわして、小さく吠える犬の名前はなんだったろうか。
(そう、確か、チワワだわ)
チワワのように、ふわふわ毛を揺らしながらキャンキャン叫ぶ。まるで、前世の時の弟たちのようだ。双子の弟たちと、さらにその末の弟——
ふっと笑った彼女の笑顔は、そんな弟たちを制していた長女の貫禄があった。
(いいわね、なんだか悪くないわ)
クスッと笑って、コーデリアはそのまま廊下を歩き出した。




