14.これは痺れる
(……この国、大丈夫なのかしら)
来た道を戻りながら、コーデリアは先ほどのお茶会を振り返った。
あの後、お茶会の場に一人の文官が現れた。ゲオルグに静かに耳打ちをする、その目には隠しきれない必死さが滲んでいた。ゲオルグは少し面倒くさそうな顔をしたが、文官に促されるようにして腰を上げた。お茶会は、あっさりと幕を閉じた。マリアンヌはまだ話し足りなさそうな顔をしていたが、コーデリアはこの上なく丁重に、そしてこの上なく速やかに辞去した。
(あの王では、父も苦労するわね)
軍務卿として誰よりもこの国の実情を把握している父は、日々多忙を極め、帰宅も遅い。今日の茶会で、その理由の一端を理解した気がした。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に人影が現れた。
二人の官僚を伴い、書類を手にしながら何事かを確認しつつ歩いてくる、一人の女性だった。美しい銀髪紫眼の貴婦人だ。
コーデリアは静かに廊下の端に寄り、通り過ぎるのを待った。
女性は落ち着いた足取りで歩きながら、官僚の一人に淡々と指示を出していた。声は低く、無駄がない。書類に視線を落としたまま、しかし周囲をきちんと把握しているのが、その立ち居振る舞いからわかった。
直接お目にかかったことはない——そう思いかけて、コーデリアは記憶の端を引っ張った。
いや——一度だけ、あった。
父に連れられた、ある席でのことだ。ほんの短い挨拶を交わした程度で、言葉らしい言葉を交わしたわけでもない。それでも、あの静かな佇まいは記憶に残っていた。
女性の足が、ふと止まった。
書類から視線を上げ、廊下の端に控えるコーデリアを見た。わずかに、目が細くなる。
「……アルメリア公爵令嬢」
静かな声だった。
「どうしてこんな場所に」
コーデリアは居住まいを正し、深くカーテシーをとった。
「夜空に麗しく輝く月、サフィーナ側妃殿下にご挨拶申し上げます。本日は王妃陛下より、お茶会にお招きいただきまして」
「王妃が」
サフィーナの視線が、ほんのわずか、動いた。コーデリアの目の下に、一瞬だけ止まった。
「……目の下に隈がありますね」
「……少々、夜更かしが続いておりまして」
コーデリアは微笑んだ。完璧な笑顔だった。
「何か、気になることでもおありですか」
「いいえ、何も」
「王太子殿下とのご関係や、王太子妃としてのご教育——何か、ご苦労されていることがあるのではないかと」
「いいえ」
コーデリアは微笑んだ。
「殿下とのお時間は、本日も滞りなく。教育も、大変楽しく取り組んでおります」
嘘はついていない。お茶会はさっさと終わったし、教育の内容は実際に楽しんでいる。
「そう」
短く言って、サフィーナはわずかに間を置いた。
「そういえば、孤児院の慰問に回っているそうですね」
「はい、純真な子供たちの笑顔に、心慰められました」
「——その子供たちの様子を見て、何か感じることはありましたか」
コーデリアは一瞬、いつもの言葉を探した。
当たり障りのない、どこに出しても恥ずかしくない、完璧な令嬢の返答を。
しかしサフィーナの目が、静かにこちらを見ていた。
見透かすようでいて、責めるわけでも哀れむわけでもない。ただ静かに、真っ直ぐこちらを見る目だった。
(……これは、通じない)
コーデリアは内心で一瞬だけ観念して、口を開いた。
「実は、先ほど国王陛下ご夫妻にも同じ話をしたところなのですが」
「聞かせてください」
「支援が十分に届いているはずの施設で、子供たちの環境が整っていない場所がございまして。資金の流れが、うまく機能していないのかもしれないと申し上げたところ——」
「陛下方は、なんと」
「宰相に任せておけば大丈夫だろう、と」
サフィーナは、何も言わなかった。
ただ一瞬だけ、目を伏せた。
その沈黙の意味を、コーデリアは測りかねた。驚いているわけではない。それだけは、確かだった。
「……アルメリア公爵家のことは、よく知っています」
静かな一言だった。
それだけで十分だった。父が何者であるか、アルメリア家がこの国でどう動いているか——この方はとうに把握している。そういう意味だった。
「今後も、慰問を続けるおつもりですか」
「はい」
「——精進なさい」
短い言葉だった。しかし突き放すような冷たさはなく、どこかに静かな力があった。
「こちらでも、少し調べてみましょう」
傍らの官僚が控えめに側妃に声をかけた。次の執務が待っているのだろう。
サフィーナは小さく頷き、書類に視線を落として歩き出した。
コーデリアはその場で深くカーテシーをとり、遠ざかる背中を見送った。
(あの方が——側妃殿下)
しばらく、その場から動けなかった。
怖いわけではない。圧倒されたわけでもない。ただ——背筋を、何かが走った。
王夫妻のお茶会で感じた、あの底なしの呑気さとは、全く別の種類の人間がこの城にいた。言葉は少なく、余計なことは何も言わない。それでも、全部見えている。
(面白い)
コーデリアは静かに息をついた。ざわりと、鳥肌が立った。口の端が、わずかに上がった。




