(5)
「よかった~。これでちょっと安心かな」
ウィリスは嬉しそうにレオナルドの周囲をくるくる回る。
「森の中にいれば、この剣を通じて僕が力を貸すこともできるんだ。木々や森の精霊も力を貸してくれるよ」
「凄いな。本当にありがとう」
「どういたしまして。レオナルドに何かあったら、フィアナが悲しむしね」
ウィリスと緑の精霊たちがレオナルドに助力してくるのは、フィアナを守っているから。
レオナルドの前にウィリスが姿を見せたのだって、レオナルドが実際にフィアナの敵を排除してからだった。
「このベルト、君から直接フィアナに渡したらどうだろう? フィアナも加護をくれた精霊と会えれば、きっと喜ぶし、直接礼を言いたいと思うだろう」
「僕も、そうしたいんだけどね……」
「もしかして、フィアナは精霊が見えないとか?」
「見えるんだけどね……」
しょんぼりとしたウィリスに代わり、光の精霊王ルーチェスが口を開く。
「フィアナは精霊が見えるのだが、見えなくなる魔法がかけられている」
「え?」
「フィアナは生まれてすぐに森に捨てられ、ウィリスに加護を与えられた。そんなに幼く加護を貰った例はほぼなく、しかも精霊王からだったため加護が強すぎ、色々と支障が出た。最も大きかったのが、幼いフィアナがウィリスになつきすぎ、ウィリス以外の誰とも親しくなれなかったことだ」
精霊が加護を与えるのは、特定の人間の行動や言動、性格を気に入ったという理由がほとんど。当然、一人で行動して性格もはっきりし始める子供以降が対象になる。
フィアナは自我もない赤ん坊の時に加護を貰ったので、魂が大きく精霊側に揺らいでしまった。
しかも、与えたのが精霊王。
とても強い加護の力に、フィアナは強い影響を受けることになった。
そんな説明を聞いて、レオナルドはふと思い出したことがあった。
「そういえば、孤児院にいたとき、とても仲のいい友達がいたとフィンから聞いたことがある。突然いなくなってしまって、とても寂しかったと……」
「それ僕のことー!」
わーっとウィリスが泣き出してしまう。
ルーチェスは呆れたように口を開く。
「仕方がないだろう。その仲のいい友達は、他の子どもからは見えなかったんだ。フィアナはおかしな子と呼ばれ、孤児院で孤立し、ますますウィリスにのめりこむという悪循環だった」
「だから仕方なく、精霊が見えないように魔法をかけたんだよー」
「な、なるほど、そういう理由が」
「フィアナは小さな精霊の気配も感じ取れるぐらい敏感なのに、見ることだけはできないんだ」
森に入るとフィアナはよく精霊の気配を感じ取っていたと、レオナルドは納得する。
「大人になった今なら、見えても支障がないのでは? 見えない魔法をとくのはどう?」
「その魔法はもうとっくにといた!」
「え?」
じたばたするウィリスに代わり、またもやルーチェスが口を開く。
「幼い子供の頃から長期間魔法をかけていたせいか、うまく魔法を解除できない。もしくは、もう解除できているのに、フィアナが頭の中で無意識に見えていないと判断している可能性もある」
「そうなんですね。でもそれなら、何かの拍子に見え始めるかもしれない」
フィアナは森の精霊が見えればいいのにと、よく話していた。
魔法がとけているのなら、何かの拍子に見えるようになるかもしれない。そうなればきっとフィアナはとても喜ぶだろうと、笑顔を想像したレオナルドも自然と笑みを浮かべていた。
「フィアナ・ハーヴェイ先生に会えるのが楽しみだな。どうやら、彼女の魂は人よりも精霊に近いようだ。きっと王国よりも帝国での生活のほうが彼女になじむだろう」
皇帝がそう言ってにこにこ頷く。
「結婚一年まで、奥方は私が守ろう。レオナルドは念のため、それまで城には来ないように」
「加護を得てからも、一年は別居したほうが確実だな」
容赦のない皇帝と光の精霊王に、レオナルドはがっくりとうなだれる。
「心配するな。奥方には私からきちんと説明をしておく」
「あ、あの、陛下」
フィアナを保護する気満々の皇帝に、レオナルドは焦りながら声を上げる。
「フィアナに会っても、予言のことは話さないでもらえないでしょうか。私をかばって死ぬというところは特にお願いします」
ヨアヒムは驚いたように目を瞬いた。
「まさか、奥方は何も知らないのか?」
「今は姉に聞いて、断片的には知っています。ですが、私自身は彼女に何も話していません」
「それなら、光の剣を目指すことを何て説明してきたんだ?」
「光の剣のことも話していません。フィアナは家を出た私が、どこで何をしているのか、何も知らないんです。一年後に戻るとだけ言って、私は家を出てきました」
「……」
ヨアヒムはこめかみに指先を当てる。
「……離婚したくないと言っていなかったか?」
「何も聞かずに待っていてほしいと、懇願してきました」
「それで納得して待っていてくれる女性が実在するのか」
「……わかりません」
レオナルドはしゅんとうなだれる。
待ってもらえなくて当然だという常識は、レオナルドも一応持ち合わせてはいる。
「なぜ話さなかった?」
「フィアナは嘘が壊滅的に下手なんです。私がどこで何をしているのか、必ず王家の人間に聞かれるでしょう。知らなければ嘘を言う必要もありません」
「死ぬという予知があることは話しておくべきだと思うが?」
「……予知のことは、フィアナに話したくなかったんです」
姉クラリッサにばらされてしまったが、レオナルドは父のことを一生話すつもりはなかったのだ。
「そんなことを言っている場合か? 捨てられるぞ?」
容赦のないヨアヒムに、レオナルドは両手で頭を抱える。
「予知のことを話すなら、父が私を王女の婿にしようとしていることまで話さなければなりません。父の予知はすべてそのためでしたから、そこを誤魔化すのは不可能です」
「そうだろうな」
「私が王女の婿になる可能性があると聞いた途端、フィアナは怖気づくでしょう。王女と結婚するべきだと言って、自分から身を引いてしまう。だから結局、私は捨てられるんです」
「……そういう感じの女性なのか」
「はい」
なんとも重苦しい沈黙が二人の間に流れる。
レオナルドは頭を抱えたままピクリともせず、ヨアヒムも渋く顔をしかめていた。
「わかった。奥方のことは、私に任せておけ」
「陛下」
「もう少しの辛抱なんだろう?」
「俺が守りたいんです。予知を超えられるという確信を持って、フィンのそばに戻りたい。一日も早く俺をクラウ・ソラスに」
「少し肩の力を抜け、レオナルド。君の父上は帝国内部を見通すことができなかったのだろう? この状況を、君の父上が予知できていたとは思えない」
「……」
「森の中なら、フィアナは絶対に安全だよ」
と、緑の精霊王ウィリスが言う。
「緑の精霊がいつもフィアナを守ってる。この前は怪我をさせちゃったけど、二度目は絶対にないからね!」
「奥方を守護しているジェラルドは勿論、率いている帝国騎士の中にも精霊の加護持ちがいる。森で奥方に会い、話せる範囲で事情を説明してきたらどうだ? 離婚されたくないんだろ?」
「……」
レオナルドの胸の奥に希望の灯がともり、じわりと温かくなる。
会いたいという願望が膨れ上がっていくのを止めることができない。
一度会ってしまったせいで、我慢のタガが緩んでしまっている。ここまで我慢してきた反動もあり、フィアナにまた会いたくて会いたくてたまらくなかった。
一年を待たなくても、フィアナに会ってもいいのではないか。
本当のことを話して誤解を解けるかも。
そんな甘い誘惑が膨らんでいき、レオナルドは自分でもそれを押しとどめることができなかった。




