(6)
「残念だが、レオナルドはフィアナとのんびりはしていられないようだ」
ルーチェスの声に、はっと我に返る。
レオナルドがフィアナに埋め尽くされていた思考から頭を上げると、ルーチェスが自分の顔の前に手を差し出している姿が目に入った。まるでその指先に小鳥でも止まらせているような仕草だと思えた。
「ルーチェス、どこからの連絡かな?」
そして、ヨアヒムの視線も、ルーチェスの指先に向いているように見える。
精霊王ぐらいに力の強い精霊でなければ見えないレオナルドとは違い、ヨアヒムには小さな精霊も見えているのかもしれない。
「王国からだ。近衛騎士団が動き出した。国境の森に向かっている」
「狙いはフィアナだね」
「そのようだな」
近衛と聞き、レオナルドは息をのむ。
以前の仲間たちの顔が頭をよぎるが、それ以上に近衛まで使ってフィアナを殺そうとする国王に強い怒りを感じた。
「レオナルド、王国の近衛騎士団とやり合う気はあるかな?」
「勿論です」
「君の古巣だけど?」
「元仲間ですが、フィアナを殺そうとするのなら、容赦はしません」
「君に帝国騎士団を任せよう。王国の近衛騎士たちを国境の森から追い払え。手段は問わない。穏便に帰っていただいても、殲滅しても構わない」
レオナルドはすっと立ち上がり、ヨアヒムに向かって深く頭を下げる。
「承知いたしました」
「私は君の安全も気になっている。奥方が君をかばうという予言は、命を狙われるのは君だという解釈もできる。あと五十日、君も自分の命を大切にするべきだ。無茶をしないように」
「はい」
頭を下げたままのレオナルドの視界に、緑の精霊王ウィリスの顔がぴょこんと入ってくる。
「森の中での戦闘はやめてよ! 馬で森を踏み荒らしたら容赦しないから!」
「森は悪戯好きな精霊が多いから、気を付けたほうがいい」
忠告をくれた二人の精霊王に、レオナルドは礼を言ってほほ笑んだ。
◆◆◆
レオナルドが準備のために退室し、緑の精霊王も森に帰ると、執務室は皇帝と光の精霊王の二人だけになった。
ヨアヒムは冷めてしまったお茶を飲み干してしまうと、大きなティーポットに手を伸ばし、自分でお替りを入れる。
ついでにと、ルーチェスのカップにも注ぎ入れた。
「レオナルドはいいね。私は気に入ったよ」
「光の剣に相応しい男だ」
間髪入れずに同意したルーチェスに、ヨアヒムはカップの向こうで笑みを浮かべる。
レオナルドを連れていきなりやってきたときは驚いたが、気に入っているレオナルドが緑の精霊王から加護を得ようとして腹を立てたのだろう。
ちょっぴり拗ねているルーチェスは珍しく、可愛らしかった。
「意見が合うなんて嬉しいな。ようやく、帝国騎士団長のポストがうまる」
「団長の就任式は盛大に執り行ってくれ」
「わかってるよ」
光の精霊は格式高いことが好きだ。
ルールや規律を守ることは美しいという価値観だし、自らが加護を与える者が帝国騎士団長になることにも満足している。
レオナルドが騎士団長に任命される式典は、光に満ちた輝かしいものになることだろう。
ヨアヒムとしても、就任式は盛大にやりたい。
なにしろ、前のクラウ・ソラスが亡くなって十年、騎士団長はずっと空位だったのだ。
ようやく武のトップが決まると思うと、嬉しくてたまらない。
そして、嬉しいのは光の精霊王も同じらしい。
「レオナルドは誇り高い男だ。逃げるのをやめ、予知を超えると断言したのがよかった。予知に踊らされるのをよしとしないのは、誇り高い証だろう」
どこか嬉しそうな、うきうきとしているのを隠しきれない口調。
こんなルーチェスは珍しいと、ヨアヒムは微笑ましげに見る。
「私は、奥さんに一途なのがいいと思ったよ」
「これと決めたら揺らがないのも、一本芯が通っていて好ましい」
「でも、奥さんに何も話していないとはね。離婚すると言われないといいんだが」
フィアナが帝都に来たなら、レオナルドのフォローをしてやろうと考える。
あの様子では、奥さんに振られでもしたら、レオナルドはきっと使い物にならないぐらいに壊れてしまいそうだ。
「ヨアヒム、そろそろ仕事に戻ったほうがいい。側近たちが書類を抱えて待っているぞ」
「それよりも、ルーチェス、気になることがある」
誰も手を付けなかった茶菓子のクッキーをつまみ取り、ヨアヒムは口の中に放り込む。
甘いもの好きの皇帝は、頭脳労働には甘いものと言って、仕事中によくお菓子をつまむ。
ルーチェスはそれをあまりよく思っていないので、横目でにらんでくるのだが、ルーファスは気づかないふりだ。
「レオナルドの父、ハーヴェイ伯爵の予知能力は、強すぎるように思う」
「……」
「人には過ぎた力だ。病気で亡くなったというのも、気になるね」
「加護が強すぎて肉体が耐えられなくなったと言いたいのか?」
「そう思わないかい、ルーチェス」
「……」
精霊が与える加護の力が強すぎると、人によっては色々な支障が出る。
その一例がフィアナだ。
幼くして魂に強く精霊の力が及んだフィアナは、人よりも精霊と仲良くなってしまった。
それでも自身の器が大きかったフィアナは、緑の精霊王の力を受け入れても壊れたりはしなかった。
だが多くの場合、過ぎるほどの加護を与えられた人間は、加護に耐えられず、肉体が滅んでいく。
レオナルドの父は大きすぎる加護の力を与えられ、強すぎる予知能力を得たせいで肉体が壊れ、寿命よりも早く亡くなったのではないだろうか。
精霊の加護について詳しく知る者などいない。
亡きハーヴェイ伯爵の能力の異常さと死因に疑問を持つ者など、これまで誰もいなかった。
精霊の友であるブロス帝国皇帝だからこそ知る知識で、持つことができた疑問だ。
「それほどの加護を与えられるのは、精霊王だと思わないかい?」
「……」
「さては、ちょっと心当たりがあるね、ルーチェス」
無表情で黙っていたルーチェスだったが、探るようなヨアヒムにちらりと視線だけをよこす。
「……精霊王について、ヨアヒム、お前にも何でも話せるわけではない」
「そうか。精霊にも精霊の掟があるのはいいことだと思うよ。私が危惧しているのは、そのやりすぎなどこかの精霊王が、レオナルドにちょっかいをかけてこないかということだけだ」
「……」
「伯爵の息子への執着は異常だ」
「……そうだな。気にかけておく」
基本的に人は精霊に干渉することはできない。
精霊のきまぐれによって加護を貰えれば幸運というぐらい。
光と闇の精霊王二人の友情をえることができた、ブロス帝国皇帝が稀有な存在なのだ。
ルーチェスに任せておこうと、ヨアヒムは焦れる気持ちと好奇心を押し込めることにした。
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