(4)
「君の考えはよくわかった。奥さんは無事に黄色のヴェネラを咲かせ、大陸一番の学者になった。一日も早く君の奥さんを帝国に」
「ヨアヒム、すまない、言い忘れていたようだ」
「?」
くるりとルーチェスを振り返ったヨアヒムに、光の精霊王は少々言いづらそうに口を開く。
「彼の妻、フィアナ・ハーヴェイは、現在、国境の森にいる」
「は?」
「ジェラールとニコラスが保護している。どうやら、王国から逃れてきたようだ。彼女を殺そうとした輩は、レオナルドが片付けたようだな」
「はい。国王がフィアナの命を狙い、暗殺者を送り込んできました」
「どういう状況なんだ、それは」
皇帝は眉を顰める。
フィアナが王国を追われた事情を、レオナルドは簡単に説明した。
思わぬ方向に事態が進展し、フィアナがすでに危険な状況にあることにヨアヒムは眉間の皺を深くしながら聞いていたが、ジェラールがフィアナを帝国で保護すると約束したと聞いて、大きく頷いた。
「私からも保護を約束する。ほとぼりが冷めるまで、城に滞在してもらおう。リジエラ王国が抗議してきても、必ず守ると約束する」
断言した皇帝に、レオナルドは安堵して頭を下げる。
「ありがとうございます、陛下」
「クラウ・ソラスのためだ。なんということはない」
「陛下、光の精霊王様、その……お願いがあるのですが」
顔を上げたレオナルドは、皇帝と光の精霊王、順に視線を向ける。
「森でジェラール殿下と試合をし、私が勝ちました。ニコラス殿が証人です。今すぐ私をクラウ・ソラスに認めてもらえないでしょうか」
「それは出来ない」
精霊王がきっぱりと断言した。
「お前の実力がジェラールを上回っていることはわかっている。それを帝国騎士や帝国貴族に広く知らしめ、序列を明らかにするための試合だ。省略することはできない」
「誤解ないように言っておくが、君がクラウ・ソラスになることはもう決まっている。今すぐ加護を与えられないのは、ルーチェスが伝統や格式を重んじるからだ。君にもすぐにわかると思うが、とても頑固だしね。諦めてくれ」
すでに頑固だと熟知しているヨアヒムが、やれやれと言わんばかりの表情でそう言った。
「本当にルーチェスは堅苦しいよね!」
三人だけだった室内から、突然、四人目の声が聞こえてくる。
驚く三人の真ん中に、ぼわんと可愛らしい音をたてて、金髪の美少年が姿を現す。緑の精霊王ウィリスだった。
空中に仁王立ちする格好で、ウィリスはルーチェスを睨む。
「フィアナを守るためだって言ってるじゃん。ちょっとは協力してよ、ルーチェス」
「ヨアヒムがフィアナを守る」
「レオナルドだって守りたいって言ってるんだからさ」
「加護を得れば予言が消えるわけではない」
「でも予言を超えられるって言ってたじゃん!」
「フィアナがレオナルドをかばう何かは起きる可能性が高い。予言ではレオナルドは守られてフィアナは死ぬが、加護を得たレオナルドなら、フィアナを死なせない未来をつかめる可能性が高くなるというだけのこと。二人は離れているほうが安全だ」
冷静なルーチェス。ウィリスはもどかしそうに足をバタバタさせる。
「ルーチェスが出し惜しみするなら、僕がレオナルドに加護を上げちゃうよ」
「ウィリス」
「わかってるよ! あげないけどさ! でも、手助けぐらいはしていいよね。レオナルドは僕たちの大切なフィアナを守ってくれるんだから」
「加護でないなら構わない」
まだ宙に浮いていたウィリスは、ふわりとレオナルドの前に着地する。
レオナルドに差し出された手には、革製の美しい剣帯があった。
「これは君への贈り物だよ」
レオナルドは立ち上がると、精霊王からの贈り物に目を輝かせ、ルーチェスが何も言わないのを確認してから受け取った。
「とても軽い……素晴らしい」
しっかりとした革のベルトだというのに軽い。
だというのに、剣は二本下げられるようになっているし、脇部分には小指サイズの小さな瓶が一つ、背中には大きめな革のポーチまであった。
そして、機能的でありつつ、素晴らしく美しい。色合いの違う革が組み込まれた美しく細かな模様は、人の職人では再現不可能だろう。
「その瓶はね、緑の精霊特製のポーション。効果は色々だよ」
「色々?」
「レオナルドが森にいれば、近くの精霊がその時に必要なポーションを作って入れてくれる。近くに緑の精霊がいないときは、残念だけど空のまま」
森の中限定とはいえ、精霊のポーションはとてつもなく高性能。
しかも必要に応じてということは、怪我をしているとき、毒を飲まされたときなど、中身を変えてくれるということだ。
「それはすごい。どうもありがとう」
「そっちのポーチは、空間魔法付き」
「!」
「今、人の間で流行してるんでしょ? 鞄に空間魔法をかけるなんて、面白いこと思いつくよね。僕も真似して作ってみたんだ」
空間魔法付の鞄には、大量の荷物が入る。高性能なものは、中に入っている間は時間経過を止められるため、食べ物が腐る心配もない。
勿論、そんな空間魔法を使える者はごくごくわずか。
空間魔法付きの鞄は、目が飛び出るほど高価で、特別な伝手でもなければ手に入れることができないものなのだ。
「これはありがたい! 大切に使わせていただくよ。どうもありがとう」
「どういたしまして」
レオナルドが嬉しさのあまり興奮気味で、本心でお礼を言っているのが分かったのだろう。
ウィリスはにこにこの笑顔になった。
「フィアナも欲しいかな? プレゼントしたら喜ぶと思う?」
「とても喜ぶと思うよ」
「そっか、じゃあ、これ。フィアナに渡してくれる?」
ウィリスが差し出してきたのは、女性が使うのに相応しい、細い革のベルト。前部分にポーチがついていて、レオナルドと同じく小さな瓶もついている。
そして、フィアナが使うには不似合いな剣が一振り。
「これは……」
柄には大きな緑の宝石がはめ込まれ、鞘は蔦が絡まっている意匠で、葉に見立てた緑の宝石がいくつも輝いている。
柄をぐっと握れば不思議と手になじみ、鞘から少しだけ抜いてみれば、一目で特別だとわかる刀身が現れた。
「緑の剣だよ。僕の力をたっぷり込めてある。緑の精霊王の加護を持つフィアナに相応しい剣だと思う」
ウィリスがどこか誇らしげに言う。
「だが、フィアナは剣を使えない。こんなすごい剣を持つことは、彼女にとっては逆に危険だ」
レオナルドは困惑を隠せない。
これは剣を使う者なら誰でも欲しがる。
持っているのがフィアナなら、奪い取ってやろうと思う者もいるだろう。
「フィアナの守護者である君が使ったらいいよ」
「俺が?」
「フィアナを守りたいという気持ちがあれば、君にも使えるようになってるんだ」
「……それなら、俺専用みたいなものだ」
ウィリスはふふんという得意そうな顔をしている。
直接レオナルドに剣を与えることは、光の精霊王に怒られると考え、こういう方法をとったのだろう。
どう? いい考えでしょという心の声が聞こえてきそうな得意顔だった。
「構いませんか?」
レオナルドは真っすぐに光の精霊王に許可を求める。
ウィリスの心遣いは嬉しいが、ルーチェスはどうやらきちんと筋を正すことを好むらしい。
レオナルドとしても、ここまで皇帝と光の精霊に期待されているとわかった今、できるだけ二人の信頼と期待を裏切りたくないと思えた。
「いいだろう」
ルーチェスは渋い顔をしながらも、はっきりと頷く。
「光の剣は正式な試合の後でしか渡せない。だが先程の戦闘で、お前の剣はだいぶ痛んでいるようだ。まだ森に潜伏している不届き者もいるようだし、剣は必要だろう。……そのベルトは剣を二振り下げられるようだしな」
「ありがとうございます!」
レオナルドはルーチェスに頭を下げ、ウィリスにも頭を下げた。




