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「陛下は、予知能力でも見通せない未来があるのをご存じですか?」
「いや、聞いたことがない」
「父は凄まじい能力者でしたが、帝国の未来を見ることはできませんでした」
「ほお?」
「帝国の情勢や未来について何かわからないかと、王家からよく聞かれていました。王家の依頼には素直に応じていたくせに、帝国に関する予知だけは試そうともせずに断っていた。格が上の者はわからないと、ぽろっとこぼしたことがあります。皇帝のほうが格上だからと解釈していたんですが、今は精霊の加護だと確信しています」
ブロス帝国の皇帝とその直系は、精霊の加護を受けている。
帝国外では知る人ぞ知るという情報だが、帝国内では子供でも知っているようなこと。
何代も前の皇帝が、精霊に助力したことがきっかけで、皇帝とその子供たちに加護を与えると精霊が約束したと言われている。
光の剣と闇の剣は、その時に精霊から皇帝へ助力のお礼として贈られたもので、皇帝と精霊の友情と信頼の証でもある。
皇帝自身が精霊と仲が良いため、帝国内には精霊の加護を受けている者が多い。
特に皇帝の側近とされる貴族や官僚の多くは加護持ちだと言われている。
精霊の加護持ちの未来は予知できないのだとしたら、帝国の未来は予知できなかったはず。
「……私の妻は特殊能力者なのですが」
そこで口を閉ざし、レオナルドはちらりとヨアヒムに視線を向ける。
フィアナが特殊能力者だということは、レオナルドと親代わりの恩師しか知らないこと。
だが、ヨアヒムは驚く様子もなく、にこりとほほ笑み頷いた。
「君の奥さんは、緑の精霊のお気に入りだ。黄色のヴェネラを復活させたことで、すべての精霊から感謝もされている」
やはり知っていたかと、レオナルドは思う。
皇帝と精霊は本当の意味で友人なのだろう。
「父の予言書にフィアナに関する記述はほとんどありませんでした。結婚すべき相手なら、父はもっとフィアナについての情報を書いたはずです。それに、フィアナの特別な成功についても、黄色のヴェネラだと書いていなかった。父の能力なら見えたはずです。見えなかったのは、フィアナが精霊の加護持ちだからだと思うのです」
ふふっと、ヨアヒムは笑う。
腕を組んで背もたれに寄り掛かりながら、肩をゆすって笑い続ける。
おかしさが込みあがってきて、笑いが止まらないといった感じだった。
「何かおかしいことを言いましたか?」
真剣な話をしていたレオナルドは、なぜ笑われるのかわからない。
つい咎めるような口調になってしまった。
「おかしいに決まっている」
そう言ったヨアヒムは、遠慮なく声をだして笑い出してしまった。
「歴代の光の剣の主人たちが聞いたら、私と同じように笑うか怒るかだろうね! 自分の未来を変えるために、光の剣と加護が欲しいなんて」
「……一応、クラウ・ソラスになれるぐらいに強くなりたいという想いもあります」
「それだって、強くなれば奥さんにかばわれて死なれる確率が下がるからだろ」
「……」
図星をさされ、むっと黙ってしまったレオナルド。
ヨアヒムは眼鏡を外すと、笑いすぎの涙を指先でぬぐうと、ようやく笑いをおさめた。
「君は驚くほど一途だな」
あきれた感じながらも、良いほうに感心している口調で、ヨアヒムがつぶやく。
「妻を生かすために、精霊の加護を願うか。精霊の加護があれば、予知の対象にならないとは初めて聞いた。ルーチェス、間違いないのかい?」
これまでずっと黙って二人の会話を聞いていた光の精霊王だったが、ヨアヒムに水を向けられて口を開く。
「それで間違いないだろう。人は精霊から加護を与えられると、加護の強さにもよるが、少しだけ魂を変質させる。ほんのわずか精霊のほうへと引き寄せられるのだ」
「ならば、クラウ・ソラスほどの光の加護が与えられれば、レオナルドは予知対象外になるね」
「突飛な方法ではあるが、有効だ」
光の精霊王に断言してもらい、レオナルドは心の内でほっと安堵する。
「その、不純な動機で申し訳ないとは思っています。ですが、精霊の加護というものは、狙って手に入るものではなく、私が知る限り、光の剣の主人になることだけなのです。もし、加護のおかげでフィアナと共に生き延びることができたなら、私は帝国と陛下と精霊に忠誠を誓うつもりでいます」
「条件付きの忠誠か」
ヨアヒムは苦笑する。
「え、あ、あの、そうですが」
慌てるレオナルドを、ヨアヒムは冗談だよと軽くあしらう。
器の大きな皇帝ヨアヒムは、条件付きの忠誠を悪いと本気で考えていない。
逆に考えれば、妻のフィアナが帝国で幸せに生きている限り、レオナルドは決して裏切らない。皇帝の忠実な臣下として働くということになる。
有能で忠実な帝国騎士団長を手に入れ、黄色のヴェネラを復活させた希代の植物学者フィアナまで囲い込むことができる。近年まれに見る幸運だ。
その分、王国の反発は大きいだろう。
だが、そのために一戦交えることになったとしても、レオナルドとフィアナを得ることのほうが何倍も価値がある。
この幸運を実現するためには、妻フィアナの生存と安全がなにより重要。
と、ここまで考えたヨアヒムは、ぴくりと眉を動かした。
「それでなぜ、君は妻を帝国に呼んでいないんだ? どうして王国に一人残してきた?」
ヨアヒムの口調は厳しい。
それは当然だろう。レオナルドが帝国の臣下になろうとしていることを隠してはいるが、情報統制はとても難しい。いつ王国に知られてしまうか、時間の問題でもある。
「王国に知られたときのため、フィアナの周囲には万全の体制を敷いてきました。私が一番信頼している騎士に護衛としてついてもらっています」
「だが、帝国に来てもらったほうが安全なのは間違いない」
「ヨアヒム、落ち着け」
ルーチェスが口を挟み、ヨアヒムはふうと息をついて、背もたれに背中をつける。
一呼吸おいて、レオナルドが口を開いた。
「フィアナには研究があります」
「私も研究を続けてほしいと思う。可能な限り、設備や畑を整えよう……」
ヨアヒムはそう提案しつつ、なぜ莫大な資産を持つレオナルドがそうしなかったのかと疑問に思い、言葉を途切れさせた。
「そうか、奥さんの研究の邪魔をしたくなかったんだな」
「はい。父の予言から、結婚一年以内にフィアナが重大な成果を上げることはわかっていました。フィアナはずっとヴェネラの研究をしていて、ヴェネラが咲くのは冬です。冬を前に、これまで育てた苗を手放すようなことはさせたくなかったんです」
レオナルドは研究所に多額の寄付をすることで、フィアナの地位を上げ、味方を作っておいた。
フィアナが黄色のヴェネラを咲かせたときには、きちんと彼女の功績として認められるように手を打っておいたのだ。
「フィアナは一人でずっと努力を重ねていた。成功してほしかったし、名声を得て彼女の能力に相応しい待遇を受けるようになってほしかったんです」
名声を得たフィアナ自身が、危うい立場になる可能性についても、レオナルドは予想していた。
だが、黄色のヴェネラが咲くのは冬。
レオナルドがフィアナの元に戻れる六月まで半年もない。
それまでなんとか持ちこたえてくれと、フィアナの護衛騎士を増員し、屋敷の周囲を高い柵で囲い、万が一に備えてフィアナの脱出経路も整えた。




