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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
8.予言者の息子という人生

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(2)




「私の父は予知能力者でした」

「前のハーヴェイ伯爵か。以前からそうではないかという噂はあったが、本当だったか」


 もっと驚くかと思ったが、ヨアヒムは鷹揚に頷いただけだった。

 噂などと言ったが、すでに知っていたのではと、レオナルドは感じた。


 帝国は王国よりもずっと精霊や特殊能力についての研究が盛んだ。過去の事例や現象などについての蓄積も大陸一だろう。

 帝国民も精霊に関心が高い。王国では精霊の存在を夢物語のようにとらえている者も多いのだが、帝国ではもっと身近な実在する存在で、精霊のもたらす特別な恵みに当たり前のように感謝をする。

 それはやはり、皇族が精霊の加護をうけていて、直系は必ず特殊能力者であるということも大きく関係しているのだろう。


 皇帝ヨアヒムも、当然、特殊能力者だ。

 だが、皇帝がどんな特殊能力を持つのか、レオナルドは知らない。

 知っているのは、同じ皇族と、側近のごくごく一部だろう。


「父上はかなり資産を増やしたらしいね。ダイアモンド鉱山を見つけたんだったか?」

「はい。父は野心家でしたし、自分の能力を自分のために使うのに全く躊躇しない人でした。財産を増やして満足し、次に自分が国王になることを望んだんです。ですが、どれだけ探しても自分が国王になる未来はなかったと言っていました」


 未来は一つではない。

 予知能力とは、起こりうる未来の一つを見る力。

 力が強ければ強いほど、多くの未来、確率の高い未来を見れると言われている。


「父は凄まじい能力者でした。起こりうる未来を幾通りも見ることができましたし、起こる可能性が高い未来がどれかも判別できました。そしてそれだけではなく、起こってほしい未来を実現させるためには、どういったルートを通る必要があるのかも見えたのです」


 それがどういう能力か、ヨアヒムは具体的に想像できなかったのだろう。眉を顰める。


「父は国王になりたかった。だが、国王になる未来はなかった。それなら、自分の子供を国王か王族にしようと考えた。自分の元に産まれてくる可能性のある子供たちを探し、さらにその子供たちの未来を探り、王族になれる可能性の高い子供を見つけだした。そして、その子供を産む女性を探し出し、結婚をした。それが私の母で、王族になれる可能性がある子供が私、です」


 細かいレオナルドの説明で理解できたヨアヒムは、目を丸くして驚いた。


「それは、すさまじい能力だ」

「リジエラ王国の国王には、子供が二人います。姉のマリアベル王女、そして年の離れた弟ハインリヒ王太子です。父の見た予知は、私がマリアベル王女と結婚し、王太子が国王になった時、宰相となって国家権力を握るというものでした。その未来を実現するため、私は物心つく前から、王女と仲良くなるように仕向けられました。子供でしたから、予知という能力などよくわからず、父の言う通りに王女と仲良く遊んでしましたが、……六歳の時、初めて父の予知能力というものを理解し恐怖しました」


 初めて父の予知から逃げ出そうとしたときのことを、失敗談として話す。

 レオナルドの軽い口調に、ヨアヒムとルーチェスは笑って聞いてくれた。


「本当に思いつく限り、子供にできる限りのことをしましたが、父に勝てたことは一度もありません。私が父の予知から逃れられたのは、十三歳の時、父が亡くなったからです」


 天才的な予知能力者も、不治の病には勝てなかった。


「父が亡くなって、爵位は姉が継ぎました。生前、父は国王と予知の話をしていて、伯爵位は姉に継がせ、私には王女を降嫁させて宰相にすると、王国は繁栄をするとかなんとか言い含めていたようです。私を新たに公爵とし、王女を降嫁させるつもりだったらしいのですが、全力で断りました」

「ふむ。伯爵家の嫡男を公爵にして、王女を降嫁というのは無理があるな」

「はい。財力と様々なコネを持っていた父だからゴリ押しできた話です。父が亡くなり、当人の私が拒否をすれば、なかったことにするのは簡単でした」


 その時の解放感を思い出し、レオナルドはふうと息をつく。


「私は自由になり、父の命令だった王立学院の入学を辞退し、騎士学校へ進学しました。父の手のひらの上から逃げ出すことができた。私はずっとそう思っていたんです」


 膝の上に置いた手を、レオナルドはじっと見つめ、口を閉ざす。

 これまでの話は、それほど気負わずにすることができた。過去のことは、レオナルドの中でそれなりに整理がついている。

 だが、今のことは。後悔や苦悩にまみれていて、口にするのも苦しかった。


「私は魂の半身と出会いました」

「奥さんだね?」

「はい。フィアナを口説いて結婚を承諾してもらって、私は有頂天だった。結婚式をあげ、名実ともに彼女と一つになれたとき、私は気づいたんです。もし彼女を失うようなことがあったら、もう生きていけないと。私は、とても怖くなった。幸せになれたからこそ、その幸せを失う不幸をありありと想像できてしまった。そして私は、……父の遺した予言書を開いてしまったんです」

「予言書」


 ヨアヒムは好奇心に目を輝かせる。

 レオナルドは苦悩に満ちた表情のまま、こくりと頷いた。


「未来を知りたいと思ってしまったんです。知っていれば危険を回避できる可能性がある。フィアナが病死するのなら、事前に治療法を探ったり、病気にならないように予防できる。事故なら防ぐのは簡単だ。フィアナに関する未来ならなんでもいい。私はどうしても知りたくなってしまったんです」

「それで、あったのか?」

「……はい」


 狭い地下室、壁一面に作られた本棚にぎっしりとつまった予言書を思い出す。

 いつの間にか新たに作られていた地下室に、レオナルドにしか開けられない魔法の鍵がつけられた扉の向こう、父の執念がぎっしりと詰まっていた。


「マリアベル王女と結婚できなかった場合でも、植物学者フィアナと結婚すると、マリアベル王女と再婚できる可能性がでてくる。そのため、フィアナとの結婚を強く勧める。植物学者フィアナとの結婚は、一年もたず終わりを迎える。フィアナはレオナルドをかばい、亡くなる。植物学者として優秀なフィアナは、特別な成功をし、その権利を持っている。フィアナは孤児のため、彼女の死後、その権利はレオナルドに渡る。王家はその権利を欲しがるため、マリアベル王女との再婚を条件に提示すると、承諾する可能性がある」


 一言一句正確に記憶している予言書の記述を暗唱する。

 ヨアヒムは目をすがめ、その内容を吟味した。


「特別な成功……黄色のヴェネラのことか。確かに、君がヴェネラの権利を持っていれば、王族は婿にと欲しがるだろう。ハーヴェイ伯爵の予知は凄いな」

「はい」

「だが君はその予言書を見て、光の剣を求めて帝国に来た。妻を王国に置いて。さて、これは筋が通らない。彼女の命が大切なら、まずは離婚すべきだろう」

「それはできません」


 即答したレオナルドに、ヨアヒムは眉を顰める。


「離婚して一年たったらまた結婚すればいい」

「二度目の結婚から一年、私はフィアナを失うかもしれないと怯え続けるでしょう」

「君は爵位を継がないのだから、結婚にこだわる必要はない。事実婚でもいいじゃないか」

「結婚が成立してから一年なら、離婚していても関係ありません」


 ヨアヒムはこめかみを指先でさする。


「いや、そもそも彼女は君をかばって死ぬんだろう? 二人が離れていれば問題ないはずだ」

「私もそう考え、すぐに妻のそばを離れました。この十か月、妻は無事でいます。ですが、私はそれでは到底安心できません。偶然私と出会う何かが突然起きて、予言通りに死んでしまうのだと、心のどこかで常に考えています」


 そして実際、レオナルドは昨日、フィアナに会った。

 勿論、レオナルドは細心の注意を払って会いに行ったのだが、野営していた帝国騎士の誰かに見とがめられていたら、予言の通りにフィアナはレオナルドをかばい、死ぬようなことになる可能性もあっただろう。


「君は様々な可能性を考え済みということか。当然だな」


 苦笑交じりの皇帝に、レオナルドは深く頷く。


「いっそ私は死んだことにして、別人になってフィアナと何処かに行こうかとも考えました。ですがきっと、それでも私は安心などできない。なぜなら、これまで一度として父の予言から逃げられたことがないからです」

「……」

「予言書を見てしまったことを、何度も後悔しました。父のことです、私が予言書を見ようとしないことも、見てもその通りには動かないことも知っていたはずです。予言書に書いてあることは純全たる予知ではなく、私に行動を起こさせるためのきっかけなのかもしれません。フィアナが死んでしまうことを知った私が、死なせまいと動くことを父は予知で知っていたはず。そしてその行動が、結果として父の望む未来を手繰り寄せるのかもしれないんです」


 フィアナが死んで王女と結婚できるのではなく、フィアナを死なせないと取る行動が、王女との結婚につながるかもしれない。

 そんな風に考えだすと、レオナルドは予知にがんじがらめになって身動きできなくなった。


「父が死んで九年。結局、私はいまだに父の手のひらの上にいる」


 レオナルドは両手で額を押さえる。

 何かを耐えるようにぎゅっと目を閉ざし、意識してゆっくりと呼吸した。


「だから、もう逃げるのはやめます。私は父の予知に立ち向かう。父が見れなかった未来をつかみ取り、父の予知を超える存在になると決めたのです」


 顔を上げたレオナルドは、ヨアヒムが知る、切れ味鋭い剣先のような危なっかしい男だった。

 いつもぴりぴりとした緊張感を身にまとう男に、こんな事情があるとは思いもしなかった。


「予知を超えるか」


 レオナルドの気迫に押され、ヨアヒムは椅子の背もたれによりかかり、知らずに緊張していた体の力を抜く。


「だが、どうやって?」





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