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光の剣と闇の剣は、ブロス帝国の皇帝が代々所有している、帝国の国宝。
剣を持つ者は、精霊王に認められた剣士に限るとされ、その時代の最高の剣士が使用を認められてきた。
闇の剣の主人は、帝国皇帝が決める。
その時代で最も忠誠のあつい高潔なる騎士に、帝国騎士の手本となれと授けられる。
常に帝国騎士の中から選出されてきたため、帝国騎士の間では有名で憧れの存在ではあるが、一般にはあまり知られていない。
光の剣の主人は、帝国国民に限らず、広く世界中から剣の腕に覚えのある者の挑戦を受け付けていることで、剣を持つ者たちの間で広く知られている。
どんな荒くれものでも、平民でも、試練の試合に勝ち残り、光の精霊に認められれば、帝国貴族となり帝国騎士団長の地位まで手に入る。
剣を手にする者なら、誰もが一度は憧れる存在だろう。
光の剣の主人となった剣士は、帝国の古い言葉で光の剣を表すクラウ・ソラスと呼ばれ、帝国の人々に尊敬され慕われている。
国民的な英雄と言っても過言ではない。
そして、光の剣の主人がその資格を返却したり、死去した場合、次の主人を決める選考が行われる。
希望者はまず帝国内にいくつかある道場に入る。
道場主は選考者を兼ねていて、まずは道場主からの推薦を得なければならない。
推薦を受けた希望者は設定されているいくつもの試験と試合をクリアして、光の精霊と面談する権利を得る。
そして、光の精霊に認められた場合、光の剣の主人、クラウ・ソラスになれるのだ。
レオナルドは十か月前に道場に入り、推薦を得て、試験と試合を勝ちあがってきた。
残る試合はあと一つ、光の剣の対剣である闇の剣の主人との試合に勝つこと。
勝てば、光の剣の精霊と会うことができる。そして精霊に認められれば、光の剣の主人となれる。あと一歩なのだ。
「……レオナルド・ハーヴェイです」
レオナルドはその場に片膝をつく。
だが、頭を下げようとしたレオナルドを、ジェラールがとめた。
「頭を下げる必要はない。君はまだ帝国の臣下ではないし、クラウ・ソラスになるのなら、頭を下げるのは私のほうになる」
光の剣と闇の剣は対になる存在だが、光の剣が上という序列は明確にされている。
だから、光の剣の主人は闇の剣の主人より強いことが絶対条件なのだ。
「立ってくれ、話がある」
レオナルドが立ち上がると、ジェラールよりも頭半分は背が高かった。
体の厚みもレオナルドのほうが明らかにがっしりとしていて、騎士として細身であることを気にしているジェラールは、睨むようにレオナルドを見据える。
「ブロス帝国は、植物学者フィアナ・ハーヴェイ先生を正式に招待した。帝国が彼女の安全を保障すると約束し、彼女も招待を受けてくれた」
「そうですか。帝国が安全を保障してくれるのなら安心です。どうぞよろしくお願いいたします」
「……」
立ったままだったが、レオナルドは深く頭を下げた。
迷いも躊躇もまったくないレオナルドの態度に、ジェラールは不快げに眉をひそめる。
「どうぞよろしく、なんだ? 君は、奥さんを保護するという帝国の申し出をずっと断っていたんだよね?」
「……状況は変わりました」
「どう変わったというんだ」
「今のフィアナは命を狙われています」
「狙っているのは君じゃないかと、私は思っているんだけど?」
ジェラールの言葉に、レオナルドは驚かなかった。
起きている事実だけ見れば、そう思われても仕方がないことをレオナルドは理解していた。
「では、俺からもフィアナを守ってください」
レオナルドは本気で言ったのだが、ジェラールは苛立ちと不快感を表に出してきた。
「君が何を考えているのか、私にはよくわからない。君はフィアナを大切にしているのか? 黄色のヴェネラ目当てなだけではないのか?」
「違います」
「知っているか? 光の精霊王は誇り高い。性根の曲がった男が、光の剣に触れることなど絶対に許さない」
「知っています。俺は自分の信念に恥じることはしていない」
ジェラールはレオナルドの事情を何も知らない。
彼に話したことはフィアナに伝わってしまう可能性も高いので、レオナルドは言葉を選んだ。
「ところで、ジェラール殿下がここにいるのは、俺と試合をするためなのでしょうか?」
「ただの偶然だよ。君こそ、クラウ・ソラスを諦めて王国に帰るつもりなのか?」
「まさか。殿下と剣を交えることを夢にも見てきました。今ここで、お手合わせを願い出ても?」
「……いいだろう」
「いいわけあるか! こんなところで、何を考えてる!」
ジェラールの背後にいるニコラスが声をあげる。
だが、ジェラールは剣を抜きながらレオナルドにゆっくりと歩み寄っていく。レオナルドも一つ深く息をして心を整え、剣の柄をぐっと握り締め、抜刀した。
「それが、闇の剣ですか」
「そうだよ。クラウ・ソラスになれたなら、じっくり見せてあげよう。とても美しい剣だ」
「楽しみです」
「光の剣も美しい剣だよ」
二人は剣の先を触れるほどに近づけながら、集中を高めていく。
口では他愛ない会話をしているが、二人はすでに止まれるような状態ではない。それをわかっているニコラスは、渋い顔をしつつもう口を挟まなかった。
先に動いたのは、ジェラールだった。
鋭くレオナルドの肩に剣を突きこむ。それをレオナルドが剣で受け流し、その勢いのままジェラールへと斬りこんでいく。
そこから二人は激しい剣の打ち合いに入った。
レオナルドは深く集中し、ジェラールの剣の動き、剣を持つジェラールの体の反応、視線の動きに、反射的に反応していく。
暗殺者たちと戦ったばかりだったが、疲労は感じていない。逆に体のキレがいいぐらいだ。
ジェラールの剣技は素晴らしい。彼の持つ闇の剣も、さすが精霊の鍛えた剣。まともに受けると、剣がビリビリと震える。気を抜くとこちらの剣を折られるだろう。
だが、レオナルドは負けるとは思わなかった。
自分の技量が上だということはわかったし、ここで負けるという選択肢がレオナルドにはない。
負ければ、光の剣には手が届かない、精霊の加護を得られず、父の予知に屈服することになる。
フィアナを失い、未来永劫、彼女の笑顔を見ることは叶わない。
(勝つしかない)
「そこまで!」
ニコラスの声に、レオナルドはびくりと体を震わせ、動きを止めた。
ジェラールが肩を上下させ、荒い呼吸をしている。服の袖で顔の汗をぬぐい、悔しそうな表情でレオナルドを睨む。
だが彼の目には、怯えの色が見えた。
「……すまない」
どうやら集中するあまり、これが試合だということを忘れていたらしい。
ニコラスが止めなければ、レオナルドはジェラールを殺していただろう。
「勝負あったな、ジェット」
「ああ、わかってるよ」
ニコラスに念を押され、ジェラールはイヤそうに顔をしかめつつ負けを認める。汗をぬぐいつつ、レオナルドに背を向けた。
かわりに、ニコラスがレオナルドに歩み寄る。
「俺はジェラール殿下の部下で帝国騎士のニコラスだ」
「……レオナルドだ」
「フィアナを俺たちが預かっても本当にいいんだな?」
「ぜひ、よろしく頼む」
姿勢を正し、真摯な口調で頭を下げたレオナルドに、ニコラスは頷いた。
「俺たちは帝都に向かう。皇帝陛下は間違いなくフィアナを保護されるだろう。夫の君の意見はどうなんだ?」
「陛下に保護してもらえるなら、それ以上のことはない」
非公式だが、今、闇の剣主に勝った。
今すぐ光の精霊の加護を貰えたなら、勿論、レオナルドはフィアナを離さない。自分こそが彼女を守ると、大きな声で主張しただろう。
それができないもどかしさと悔しさに、レオナルドは叫びだしたいぐらいだった。
「俺は、まだ会えない」
「……」
「クラウ・ソラスになるまでは。……フィンを頼む」
レオナルドは食いしばった歯の間から唸るように言うと、ニコラスに背を向ける。
フィアナのいる野営地にも背を向け、未練を断ち切るように走り出した。




