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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
7.後悔と苦悩と

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21/29

(1)



 フィアナの天幕から抜け出すと、レオナルドはそのまま森の闇の中へと入った。

 帝国の野営地の警備はかなり厳重で、近くにいれば気づかれる。レオナルドはすぐに森の木々の影に溶け込みながら、野営地から距離をとった。


 巨木の影に入り、太い幹と一体化して気配を消す。

 激しい動揺を抑えようと、レオナルドは左胸に手を当て、ぐっと服を鷲づかんだ。


(フィン、フィン)


 フィアナに拒否されること、嫌われてしまうことは、十か月前に家を出た時から覚悟はしていた。

 何も理由を話さず、ただ待っていてほしいだなんて、逆の立場だったらふざけるなとレオナルドは怒っただろう。

 黙って待っているだけなんて冗談じゃない。愛しているからこそ、そばにいたいし、力になりたいんだと力強く主張したはず。

 それをすべて禁じ、ただ待つだけを強要した自分はひどい自分勝手だ。


 フィアナに愛想をつかされて当然。わかっている。

 嫌われて、二人の間に距離が出来たほうが、フィアナは安全になる。

 だからこれは、いいことなのだ。わかっている。覚悟していた。


(でも、覚悟していた何十倍も辛い)


 死ぬのを待っているのかと、フィアナは泣いていた。

 私と結婚して後悔したのだろうと、またいつもの自己否定に走っていた。

 出会ってから結婚するまで、レオナルドが愛情を注ぎに注ぎ、愛されていることをようやく自覚してくれていたというのに。ようやく少しだけ自信を持ってくれてきていたのに。

 それがすべて消えていた。

 まるで彼女に注ぎ込んだ自分の愛が消えてしまったように感じた。


 そしてそれは、レオナルド不在の十か月、フィアナがどれほど辛い目にあったのかという証拠でもある。

 孤児のフィアナとレオナルドの結婚をよく思っていない連中は大勢いた。可能な限り遠ざけてきたが、黄色のヴェネラのこともあり、きっと会うこともあっただろう。

 フィアナはずっと毒のような悪口を吹きこまれ、自信を喪失してしまったに違いない。


 だが、フィアナの自信を決定的に粉々にしてしまったのは、レオナルド自身かもしれない。

 道場主の孫娘レスリーに絡まれているところを見られてしまったのは痛恨のミスだ。

 レオナルドにとってはどうでもいい娘だが、見た目は綺麗で人目を惹く。

 十か月ぶりに見た夫が、あんな娘を腕にぶら下げていれば、フィアナじゃなくても誤解するだろう。


 それでも、フィアナを予言から守るために、少なくともあと二か月はその誤解を解くべきではなかった。

 だというのに、自分勝手なレオナルドは、浮気したのだと思われるのがどうしても我慢できず、弁解して会いたかったと口走ってしまった。

 愛していると、言ってしまった。


 フィアナは混乱しているだろう。

 優しい彼女は、レオナルドに何か事情があるのかと考えてしまうかもしれない。

 ちゃんと話を聞こうと、もう一度会いたいと考えているかも。


(フィンを一番苦しめているのは俺で、予言に彼女を巻き込みそうなのも、俺の弱さなんだ)


 自分の弱さのせいで、フィアナを失ってしまうのかもしれない。

 そう思うと、涙があふれ出てくる。

 この十か月、フィアナを思うたびに涙腺を刺激していたせいか、フィアナ限定ですっかり涙もろくなってしまっていた。


(あともう少し、あともう少しだ)


 フィアナにはもう会わない。

 こうなるのではと危惧していたが、やはりフィアナに会ってしまうと自分の気持ちを抑えられなくなる。

 フィアナを帝国内に逃し、クラウ・ソラスになるまでは会わない。そう心に刻み込む。


 そして、レオナルドは深くゆっくりと息を吐き、気持ちを切り替えた。

 腰にある剣の柄に手を置き、周囲の気配を探るために集中する。


 今夜は満月。

 しかも野営地は松明がいくつもあって明るい。

 レオナルドは夜目がきくほうだったが、この十か月の修行生活でさらにきくようになった。

 野営地の周囲の闇に、気配を殺して潜む何かがいる。

 瞬間、ぶわりとふくらんだ殺意がぶつかってくるのに、レオナルドはためらいなく剣を抜いた。


 嫌な音をたて、剣と剣が激しくぶつかる。

 闇の中、飛び散った火花がやけに明るく見えた。


 渾身の一撃だったのだろう。

 それをレオナルドに難なく受け止められ、襲い掛かってきた敵は、即座にさっと距離をとる。

 全身黒づくめ。ぬるっとした動きは、暗殺者特有のもの。

 フィアナを殺すために、国王が雇った暗殺者だろう。


「フィンを狙う奴らは生かしておけない」


 つぶやきながら、レオナルドは剣の柄をぐっと握る。

 突進してきた黒づくめの男を、レオナルドは素早い一撃で沈めた。


「運が悪かったな」


 隠れることをやめた黒づくめの男たちが、一斉にレオナルドに向かってきた。

 レオナルドは慌てることなく、ちらりと視線を走らせ、敵を把握する。


「今の俺は、少々、虫の居所が悪い」


 王国で近衛騎士をしていた頃から、レオナルドはずば抜けて強かった。

 そしてこの十か月、レオナルドは一日も休まず、過酷な鍛錬を続けた。

 元々大きな体だったが、さらに二回りほど大きくなり、筋肉量が増えた。

 それでいて身軽な動きは損なわれず、俊敏な動きの暗殺者たちに負けてはいない。


 レオナルドはできるだけ野営地から、フィアナの天幕から離れるように移動しながら、次々に潜んでいる暗殺者を屠っていく。

 今は何も考えたくないレオナルドは、戦うことに没頭する。

 フィアナの敵を殲滅することに集中するのは、とても簡単なことだった。


「ふう」


 最後の敵の息の根を止めると、剣の血をぬぐって鞘におさめる。

 技量はレオナルドが圧倒的に上だったが、数が多かった。

 目にしみる汗を、服の袖でぐいとぬぐった。


「さすがだな」


 背後から声がかかり、レオナルドはゆっくりと振り返る。

 少し離れたところに、帝国騎士が二人立っていた。


 戦闘の途中で、帝国騎士が野営地から近づいてくるのには気が付いていた。

 敵の数が多かったこともあり、戦闘はそれなりの時間がかかり、野営地周辺を警戒していた騎士たちに気づかれたのだ。


 皇帝が情報統制している関係もあり、レオナルドは帝国内で顔を知られていない。

 敵の一人だと誤解されたら面倒だと思っていたのだが、どうやらレオナルドを知っている様子だった。


「……あなたは」


 近づいてくる二人の帝国騎士のうち、一人には見覚えがあった。


「ジェラール・ド・ブロスだ。君の試合は何度か見ている」


 皇帝の弟。そして、光の剣の対になる闇の剣の主人。

 レオナルドにとってジェラールは、皇族であるというよりも、闇の剣の主人であるということのほうが何倍も重要だ。

 光の剣の主人になるためのいくつもの試練。その最後が、闇の剣の主人との試合に勝つことなのだから。




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