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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
6.夢のような再会

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(4)


◆◆◆




 その日の夜。

 フィアナは天幕の中、一人で横になっていた。

 元々はジェットの天幕だったのだが、怪我をしている女性に譲るのは当然だと言って出て行ってしまった。

 とても豪華な天幕で、生地は分厚く外気をかなり遮断するし、内装のしつらえも天幕に使うのはもったいないようなものばかり。フィアナが横になっている寝台もふかふかだ。

 森の中で野営をしているとはとても思えないが、ジェットが皇族ならこれも当然なのかもしれない。


 屋敷が襲われて、命からがら逃げ出して、ずっと追手に怯えていた。

 夜はよく眠れず、昼間は人目を避けて俯いてばかり。安心できることなどなかった。

 森に入ってほっと一息つけたが、今度は帝国にからめとられそうで怖い。


 ジェットもニコラスもいい人そうだが、まだ心から信頼できるほどではない。

 また、彼等がどれほどいい人だとしても、帝国という国がフィアナにどういう対応をするかは、また別の話。

 黄色のヴェネラを咲かせてから、フィアナは何度も怖い目にあっている。親切そうに近づいてきても、黄色のヴェネラが手に入らないとわかった途端に手のひらをひっくり返して恫喝してくる国だってあった。

 帝国だって黄色のヴェネラを欲しがっている。保護を受けてしまった代償に、何かしらの要求は必ずしてくるはず。


 それでも、命を狙われて追いかけられていたここ数日の緊張感からは、少しだけ解放された。

 皇帝の弟だというジェットがフィアナの安全を保障してくれたのだから、もし追手が迫ってきてもジェットと帝国騎士団が追い払ってくれるはず。


 フィアナはほっと息をつき、意識して体の力を抜いて脱力する。

 疲労困憊だったのと打ち身のせいで昼間ずっとうとうとしていたからか、眠気はなかなか訪れない。

 じっと目を閉ざせば、思うのはレオナルドのこと。

 信じて待っていてほしいと、涙を流し懇願していた夫の姿が思い出された。


(私、あなたのこと、何も知らなかったんだね)


 姉のクラリッサに予知の話を聞いた時も衝撃だったが、今日のジェットの話にも驚いた。

 フィアナには、なぜレオナルドが光の剣を欲しがるのか理解できない。

 帝国の臣下になるとか、貴族とか、帝国への移住を考えているなんて知らなかった。

 もしかして、黙って一人で帝国に行こうとしているのだろうか。


(私が死んでから、帝国で心機一転を考えているとか……?)


 フィアナが知っているレオナルドは、彼のごくごく一部。

 だというのに、それでレオナルドを理解したような気になっていただけではないだろうか。

 見たいところだけ見て、それ以外の都合の悪いところからは目を背けていたのかも。

 レオナルドをよく知る姉のクラリッサや、光の剣をよく知るジェットには、フィアナが目を背けていたところもちゃんと見えているから、騙されている、命を狙われていると、怒っているのかもしれない。


 目の奥が熱い。

 涙が目じりからこぼれ、枕の布に吸い込まれていった。


(馬鹿なフィアナ。本気でレオが私を殺そうとしているなんて思うの?)


 思いたくない。でも、……わからない。


(どうしたらいいの)


 レオナルドを信じたいのに。

 レオナルドを信じられない理由ばかり増えていく。


 大きな渦の中に、ぐるぐる回りながら落ちていくようで、目が回る。

 フィアナはそのまま眠りの中に落ちていった。





 近衛騎士団の仲間が怪我を理由に騎士を引退することになり、その送別会に、フィアナはレオナルドと一緒に参加したことがあった。

 すでにその時は恋人同士で、フィアナはレオナルドの友人知人に紹介されまくっていて、引退する騎士もすでに友人の一人だった。


 フィアナはお酒の席が苦手だったが、レオナルドと一緒ならば楽しめるようになっていた。

 なにしろ、レオナルドはずっとフィアナにくっついて離れず、常にあれこれと気を使ってくれる。

 楽しい会話の中に混ぜてくれるし、お酒を飲みすぎそうになれば止めてくれるから、お酒の失敗をすることがない。

 その夜の送別会でも、レオナルドはずっとフィアナの肩を抱き、ぴったりとくっついていた。


「今のとこ、物件が二つあってさぁ。どっちにするか、悩んでるんだよ」


 引退する友人騎士は、食堂付きの宿屋を始めるつもりで、物件を探していた。

 候補は二つ。

 一つは大通りに面しているのだが、建物が理想よりも小さい。

 二つ目は少し奥まった場所にあるのだが、建物自体は広く、希望通り。

 このどちらにするのか、それとも理想の物件が出てくるまで待つか、友人はとても困っていた。


「決められなくてさあ。もう占い師にでも決めてもらおうかと思ってるよ」

「それなら、予知能力者を探したらどうだ」


 レオナルドがそう言うと、友人は顔を輝かせた。


「それいい! レオ、予知能力者の知り合いいないのか?」

「いるわけないだろ」

「ああー、やっぱり占い師か」


 もうすでにかなりお酒が入っていたので、誰も本気で話していなかった。

 それなら俺が占ってやると、誰かがカードを出したものだから、さらに騒ぎはひどくなる。

 最初は占いをしていた面々も、すぐにカードゲームに切り替わり、賭けのコインがテーブルの上を転がりだした。


「なあ、レオ。真剣な話、どっちがいいと思う?」


 そんな騒ぎから少しだけ離れ、友人騎士は真剣な顔でレオナルドにそう聞いてきた。


「どうして俺に聞く。お前自身のことだろ。お前が決めるべきだ」

「そうだけどな。レオは俺よりずっと賢いしさ。実家はあのハーヴェイ家だろ。俺より商売に明るいじゃないか」

「……運の要素もある。だから自分で決めた方がいい」


 うまくいかなかった時、誰かに決めてもらっていたら、その人を責めてしまいたくなる。


「そうだな。うん、自分で決めるよ」

「どちらに決めても応援する」

「ありがとう、レオ」


 その友人は、カードゲームをしている面々に引っ張られ、席を離れていく。

 ずっと黙っていたフィアナは、そっとレオナルドを見上げた。

 レオナルドはすぐに視線に気が付いて、フィアナに顔を寄せてくれる。


「ん? どうした、フィン」

「どうして助言してあげなかったのかなと思って」

「どちらがいいかなんて、俺にもわからない。……予知能力なんてないし」


 フィアナは小首をかしげた。

 予知能力という言葉がレオナルドの口から出るのは、この短時間で二度目。しかも何か含みがあるように聞こえたのだ。

 今となれば、彼の父親がその予知能力者だったからだろうとわかるが、その時は不思議に感じただけだった。


「フィン。もし、未来を教えてあげると言われたらどうする?」

「未来?」

「どちらの物件を選べば成功するのか、教えてやろうと言われたら?」

「教えてくれるなら、知りたいわ」


 こつんとフィアナの頭にレオナルドの顎があたる。

 長身のレオナルドだから、フィアナを抱きしめると彼の顎はフィアナの頭に乗っかるのだ。


「本当に? フィンが気に入っている、裏通りの物件では駄目だと言われてもか?」

「どうして私がそっちを気に入ってるってわかるの?」

「俺がフィンにベタ惚れだからだろうなぁ」


 肘で脇腹を突くと、レオナルドは耳元でくすくす笑っていた。


「うーん、でも、物件を買う前なら教えてほしいと思うよ」

「予知は絶対じゃない。そちらのほうが成功する確率が高いというだけだ」

「でも、失敗する確率が高いとわかっているほうを選択するのはなぁ」

「気に入っている物件で夢を実現させる楽しみは捨てるのか?」

「レオはそれが重要?」

「重要だな」


 フィアナもそれは否定できない。

 友人の騎士は、自分の店に具体的な構想がある。その構想が実現できるのは、裏通りの広い店舗。

 そこでなら、彼は満足いく店を手に入れることができるだろう。


 だが、裏通りでは失敗する可能性が高いとわかっていても、彼は夢の実現にこだわるだろうか。

 表通りの物件では妥協ばかりになってしまうが、成功するしないは重要だ。

 フィアナならやはり、成功確率の高い表通りの店舗を選ぶだろう。


 夢の実現、それにともなう満足感は大切だけど、それ以上に失敗するのがイヤだ。

 特別に貧しいわけではないけれど、余計なお金はない。失敗して大損することになれば、かなりの痛手。

 レオナルドは隠しているようだけど、かなりのお金持ちだ。

 だから、負けてもいい賭けを楽しめるのだろう。フィアナはそう結論付けたのだが。


「確実だからと妥協して成功したところで、満足などできない。自分の夢を実現して、それで成功すれば、最高の気分になれる」


 キラキラ輝く笑顔でそう言ったレオナルドに、フィアナは目を奪われた。


「……失敗することは考えないの?」

「絶対なんてない。常に成功する可能性はある。それが多いか少ないかというだけだ」


 レオナルドの考えは、フィアナとは全く違っていた。

 お金があるから負けてもいいとか、そういうことではないのだ。


(レオは勝つ自信があるんだ)


 勝つ確率がどれほど低くても、自力で勝てる。そう確信している。

 自分の力だけで勝ったほうが、楽しくて満足できるのは当然だから、未来など知りたくもない。


 だがフィアナは、勝つ自信などない。負けることが恐ろしい。

 だから、安全な未来を知りたい。

 そういうことなのだ。


「レオは、強いね」


 彼を見つめそう言うと、レオナルドは戸惑ったように目を瞬いた。


「そりゃ、フィンより腕っぷしは強い」

「腕力ってことじゃなくて」

「精神力的なこと? それなら、俺よりもフィンのほうが強い」


 と、レオナルドは当たり前のように言った。


「レオのほうが強いよ」

「フィンだよ。俺が言うんだから、間違いない」


 なんの根拠もないのに、自信たっぷりに言うレオナルドがおかしくて、フィアナは声を立てて笑った。

 自信を持てるというのは、強い証拠。結局、レオナルドのほうが強いと証明されたようなもの。

 弱いフィアナには、レオナルドが輝いて見えた。


 強いレオナルドは、自分の失敗を恐れず、前へ前へと進むのだろう。

 前に進めないフィアナを置いて、レオナルドは一人になっても進み続けるのかも。


 夢の中、フィアナは遠くなるレオナルドの背中に向かって、手をのばす。

 レオと、何度も何度も大きな声で呼びかける。

 だが、レオナルドが振り返ることは、決してなかった。




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