(3)
フィアナが何者かに追われていると聞いたので、ジェットは周囲の見回りをする部下を増やしていた。
ジェットとニコラスの留守中に異変はないと報告を受け、安心してフィアナの天幕に向かう。
フィアナは疲れた様子で横になっていたが、二人が来るとすぐに体を起こした。
ニコラスが世話を焼き、フィアナの背中にクッションを差し込んだ。
「ずばり聞いてしまうけど、フィアナの夫はレオナルド・ハーヴェイ?」
「え、ど、どうして」
嘘が苦手だという自己申告のとおり、フィアナは思ったことが全部顔に出る。
「ということは、フィアナは黄色のヴェネラを咲かせた植物学者なんだね」
「……そういうことです。黙っていて、すみません」
「謝らなくていいよ。最低限の保身だと思う」
フィアナを自国に招聘しようとしている国は一国ではないはず。
本名を名乗るだけでも危険だろう。
「あの、レオがいたんですか? お二人はレオを知っているんですか?」
「うん、レオナルドがいたよ。彼は帝国の騎士の間では、ちょっとした有名人でね」
フィアナは本当にレオナルドが今何をしているのか知らないらしい。
きょとんとした顔で、小首をかしげている。
「フィアナ、君を殺そうとしたのは、レオナルドだって可能性はないの?」
「え」
「おい、ジェット」
「私はその可能性もあると思う。だから、レオナルドに声はかけず、まずはフィアナに話をしようと戻ってきたんだ」
ジェットが率直に言うと、フィアナは瞳を揺らし、顔をそむけた。
困惑しているようではあったが、フィアナはジェットの言葉を否定しなかった。
「フィアナは今レオナルドが何をしているのか、知らないよね」
顔をそむけたまま、フィアナは小さく頷く。
「レオナルドは、クラウ・ソラスになろうとしている。光の剣って知ってる?」
「少しだけ。光の精霊の剣だと」
「帝国皇帝が所有する、光の精霊王が作り出した剣だ。光の精霊王が剣の主人を決める。主人になれば精霊の加護を貰えるし、皇帝の臣下になって爵位も貰える。レオナルドは最有力候補だ」
ぴんとこないのだろう、フィアナはいぶかし気な目でジェットとニコラスを見る。
「レオナルドは帝国の貴族になろうとしている、ということだ」
ニコラスが優しく言う。だがジェットは容赦がなかった。
「そんな大切なことを妻に黙っているなんておかしい。フィアナを一人で王国に残しておく意味もわからないし。一緒にいた女性がどういう関係なのか、すぐに調べてもらうけれど、その女性のせいでフィアナが邪魔になったって可能性もある」
フィアナの目に涙が溜まっているのを見て、ジェットはぐっと唇を引き結ぶ。
ニコラスの咎める視線が痛い。
「すまない、熱くなってしまって」
「いえ、あの、私のことを心配してくれたんですよね」
服の袖でこっそりと涙をぬぐい、フィアナはにこりと笑顔を作る。
「それで、レオが私を殺そうとしたのかもしれないって思ったんですね」
「……フィアナには黄色のヴェネラがある。離婚するのは惜しいと思うかもしれない」
離婚ではなく死別なら、黄色のヴェネラはレオナルドのものになる。
ジェットが口に出さなかったことも、フィアナはわかっているようで、小さく頷く。
ニコラスが顔をしかめ、がしがしと短い髪をかく。
「決めつけるのはよくないぞ。まだその一緒にいた女が不倫相手とは限らない」
「でも、わからない今の状況で、フィアナにレオナルドを会わせるのは危険だ」
「うー、それはそうだな……」
「フィアナ、調べがつくまででいい、帝国に君を守らせてくれないか?」
「帝国に、ですか」
いきなり話が大きくなって、フィアナは戸惑いを見せた。
「守るって、そんなご迷惑はおかけできません」
「フィアナを守らなかったら、私が緑の精霊に恨まれてしまうよ。体調が戻ったら、帝国に行こう。レオナルドの調べがつくまで、私のところで待つといい」
それがいいと、ニコラスも頷く。
「親切はありがたいのですが、私も帝国には知り合いがいますし」
だがフィアナは困ったように、首を横に振る。
フィアナが他人の好意を受けるのに慣れていないことは、もうジェットもニコラスも気が付いている。
信頼できないと敵意を向けたり、差し出された手を頑なに拒否するほどではないが、自分のことは自分でと強く考えているのは明らか。孤児だという生い立ちも関係しているのだろう。
小柄で華奢で、大きな潤んだ瞳のフィアナが、一生懸命に自分を奮い立たせて頑張っている姿は、男たちの庇護欲を強烈に揺さぶる。
ジェットとニコラスは、人妻だとわかっているフィアナを恋愛対象として見るつもりはなかった。
だが一人の男として、騎士として、フィアナにはもっと安全なところで幸せになってほしいと強く思ってしまうのをとめられなかった。
「植物学者のフィアナ・ハーヴェイ先生。あなたは大陸一番の植物学者だ。帝国の皇帝もぜひあなたを王城に招待したいと言うだろう。保護をして恩を売れるなら喜ぶと思うよ」
「皇帝陛下だなんて、まさかそんな方が、私を招待だなんて」
どこまでも遠慮がちなフィアナに、ジェットは苦笑し、小首をかしげる。
「大丈夫、私が保証する」
と、ジェットはフィアナの手をとり、指先にキスをするふりをする。
「私の本名は、ジェラール・ド・ブロス。ブロス帝国皇帝ヨアヒムの弟だ。帝国にようこそ、フィアナ先生」
にっこりほほ笑むジェット。
対してフィアナは驚きすぎて、唖然とした顔で目を丸くし、ジェットの顔を見たまま固まってしまった。
「一気にいきすぎだぞ」
ニコラスが呆れたようにつぶやき、ジェットの後頭部を遠慮なくどついた。




