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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
6.夢のような再会

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(2)

◆◆◆




 ジェットとニコラスは、フィアナを見つけた崖の下に到着した。

 彼女を発見したのは偶然などではなく、緑の精霊がジェットに救出を依頼してきたからだ。

 依頼というよりも、助けなかったらただじゃおかないぐらいの勢いと強さがあって、ジェットはかなり慌てて駆けつけた。


「ここを落ちて来たんだよな」


 と、ニコラスは崖を見上げてため息をつく。

 この急斜面でよく助かったなと感心したのと、今からこれを登るのかという悲しみにあふれていた。


「道具もなしにこれを登るのは不可能だ。あっちから迂回して上がろう」


 時間はかかるが、遠回りをするしかない。

 二人は黙々と斜面をのぼり、ようやく登り切った。

 フィアナが落ちて来たと思われる場所は、ここらへんではかなり高い位置で、遠いところまでよく見渡せる。

 開けた視界にちょっと驚き、ぐるりと周囲を見渡したのだが。


「「!」」


 二人同時にその場に腹ばいになった。


 ちらりとお互いの焦った顔を確認し、二人は腹ばいになったまま、ゆっくりと後退していく。

 登ってきた斜面を少し下りたところで、二人はようやく緊張をといて、上体を起こした。


「気づかれてないよな」

「大丈夫だろう。目は合わなかったぞ」

「私も」


 ふうと、二人同時に安堵の息をつく。

 美しい景色を見渡していた二人の視界に、いきなり男が一人、入り込んできたのだ。

 しかも、知っている男だった。

 敵ではないというのに、その男の発する不穏なオーラに咄嗟に反応してしまい、二人は身を隠して撤退してしまったのだ。


「あの男、レオナルド・ハーヴェイだよな」

「私もそう思ったよ」


 ニコラスは立ち上がると、ジェットに手を差し出す。

 遠慮なくその手につかまって立ち上がったジェットは、服の胸をぱたぱた叩いて土汚れを落とした。


「私が見たのは、闘技場の観客席からだから遠かったけれど、間違いない」

「あんな闘気を巻き散らかせる男が、そうそういるとは思えないしな」

「本当、あの男はヤバイ」


 つぶやいて、ジェットは顔をしかめた。

 レオナルド・ハーヴェイは、今現在、クラウ・ソラス(光の剣の主人)に最も近い男だ。

 主人が不在になった十年間を通しても、一番の候補だと言われている。

 ジェットも、レオナルドがクラウ・ソラス(光の剣の主人)になるだろうと予想していた。


 レオナルドの剣技も、光の剣に相応しい覇気や闘気も、ジェットは素晴らしいと認めている。

 だが、ジェットはレオナルドが苦手だった。

 光の剣しか見えていないような、レオナルドの真っすぐすぎる目。余裕などかけらもなく、狂気と紙一重のような執着。

 何が彼をそこまで光の剣に向かわせるのか、ジェットには理解できなかった。


 どんな強者でも、同じ常識の通じる人間なら、交流はできる。

 だがレオナルドは得体の知れなさばかりが際立って、ジェットは近寄りがたく感じていた。


「どうしてあの男がここにいるんだ」


 急ぎ足で斜面を下りながら、なんとなく小声になってジェットが言う。


「そういえば、あいつは金髪に青い目だな」


 フィアナの指輪は金と青なのを思い出し、ニコラスがつぶやく。


「夫は帝国に剣の修行に行ったと、フィアナも言っていた」


 フィアナは全部ではないものの、自分の事情を話してくれた。

 嘘は苦手なのでと、話せないことは秘密ですと正直に言いながらの身の上話は、信頼できると二人とも思っている。

 王都にあるフィアナの自宅に、賊が侵入。フィアナを殺し、フィアナの持つ価値あるもの(秘密)を奪うのが目的だった。

 護衛騎士と屋敷の秘密通路のおかげでフィアナは無事に脱出し、帝国にいるはずの夫の元に逃走中、崖から転落したと、フィアナは話した。

 王都に向かってきてくれている夫と、森の中で会えるはずだったらしい。


 そしてその夫というのが、結婚してすぐに、剣の修行を理由に帝国へ行ってしまった元騎士。

 貴族だが、継ぐ爵位がない、金髪に青い目の男。


「フィアナの話してくれた夫にぴったりだ」


 すでに、帝国はレオナルドの素性を把握している。

 クラウ・ソラス(光の剣の主人)は自動的に帝国の臣下となり、帝国の爵位も与えられる。

 帝国騎士団の団長となることも決まっているようなもので、皇帝としてはおかしな人物をクラウ・ソラス(光の剣の主人)にはしたくない。

 だが、クラウ・ソラス(光の剣の主人)を決めるのは光の精霊王で、その決定に皇帝は口を挟めない。

 なので、有力な剣の主人候補が現れると、皇帝は詳細な身元調査を命じる。

 その調査で問題ありとされた者が剣の主人となれば、騎士団長の任命は見送られるのだ。


 レオナルド・ハーヴェイも、すでに身元調査が終わっている。

 隣国の元近衛騎士で、資産家で有名なハーヴェイ伯爵家の長男。彼の個人資産も莫大だ。

 騎士としてもとても優秀で、かなり惜しまれながら近衛を辞めている。将来の近衛騎士団長候補で、近衛は彼の復帰を待っていると知り、皇帝はすぐにレオナルドに関する情報の遮断を決めた。

 レオナルドが帝国貴族になると知れば、王国は何らかの妨害工作をしてくる。皇帝はそう判断したからだ。レオナルドはそれほどの逸材だった。


 そして、彼の妻もまた、とても価値ある人物。

 有名な植物学者のフィアナ・ハーヴェイ。

 あの黄色のヴェネラを咲かせた、今大陸で最も注目されている人物の一人だ。


「フィアナの秘密は、黄色のヴェネラか。確かに、簡単には話せないな」


 納得したという顔でニコラスが頷く。

 ジェットも頷きつつ、渋い顔つきになった。


「帝国は、レオナルドに妻を呼び寄せるように言ったんだけど、あいつ、拒否したんだよね」

「なんだそれ。理由は?」

「わからない。とにかく、妻には手出し無用って感じに言われて諦めたらしいんだけど。その後、フィアナが黄色のヴェネラを咲かせて注目されて、連れ出すのは難しくなってしまった。咲かせる前に強引にでも帝国に連れてきておくべきだったって、陛下はかなり後悔されていた」


 レオナルドの情報遮断を決めたのと同時に、妻のフィアナを帝国に呼び寄せるべきだと、帝国は提案していた。

 レオナルドを手放したくない王国は、フィアナを捕えて人質にし、レオナルドに光の剣を諦めて王国に帰国しろなどと要求してくる可能性がある。

 そんなことになったら、帝国はようやく決まりそうなクラウ・ソラス(光の剣の主人)を失ってしまう。


 だがなぜか、レオナルドは頷かなかった。万が一の脱出経路は万全に準備してあるので、決まるまでは待ってほしいと言うばかり。

 それならもう離婚しておけばと提案したら、激怒されて追い返されたらしい。


 よくわからない男だと思い、ジェットはレオナルドへの苦手意識を強めた。

 妻の安全を思うなら、帝国に連れてくるのが当然だろう。

 そのくせ、離婚は拒否だというし、愛しているのかいないのか、さっぱりわからない。


「なんだか勢いで逃げてきてしまったが、フィアナのことを話したほうがよくないか?」


 斜面を下りきってから、ニコラスは困惑した顔で、岩場の向こうを親指で示す。

 こんなところでレオナルドを見るとは思ってもいなかったし、あまりの闘気に反応し、咄嗟に退散してきてしまったが、彼がフィアナの夫だというのなら会ったほうがいい。


 フィアナも夫が待ち合わせ場所にいるかもしれないと話していた。

 ただ、その様子が嬉しそうではなかったので、ジェットは少し強引に事情を聞きだした。


『実は、夫を見かけたんです。声をかけたけれど、遠くて聞こえなかったみたいで。それで、その、夫が女性を連れていたことに気が付いて。とても親密な関係のようで驚いてしまって……』


 フィアナは困ったような顔で、言葉少なに話してくれた。

 それ以上は何も言わなかったが、驚いたショックで斜面を転がり落ちてしまったのだろう。

 ニコラスも同じように思ったらしく、むうっと口をへの字に曲げていた。


 結婚してすぐ、新妻を一人残して出て行った夫。

 フィアナは夫がどこで何をしているのかも知らず、屋敷から逃げるときに幼馴染の護衛から帝国だと聞かされたらしい。

 そんな夫が女性を連れて現れたら、どう思うか。

 夫の不貞を疑って当然だろう。浮気相手と結ばれたいから、離婚を切り出されるのではと思うだろう。

 そして、フィアナは黄色のヴェネラというとんでもない財産を持っている。

 レオナルドがフィアナを帝国に連れてこようとはしなかったのに離婚を拒否したのは、そこに理由があるのかもしれない。


「あの男は何を考えているのか本当にわからない。でも、正式な夫だし、フィアナを連れていかれてしまったら、私はフィアナを守ってやれないよ」


 夫から妻を奪うのには、それなりの理由が必要になる。

 クラウ・ソラス(光の剣の主人)になろうという男が夫なら、簡単にはいかないだろう。

 一度レオナルドに渡してしまったら、ジェットはもうフィアナに干渉するのは不可能になる。


「女が一緒だったと言っていたが、ニコ、何か聞いてるか?」

「知らんな」

「探ってみよう。フィアナが邪魔になって亡き者にしようとしている可能性だってある。王国でフィアナを襲わせたのも、あの男かもしれない」


 うがちすぎだろうと、ジェットは自分でもそう感じていた。

 だが、レオナルドへの不信感が強いジェットは、疑いを消し去ることができなかった。


「まずは、フィアナに話してみよう。彼女が本当に植物学者のフィアナ・ハーヴェイなら、王国に殺させるわけにはいかない。帝国でぜひ保護したい」


 フィアナを保護するのが急務だと、二人は騎士団の野営地に急いで戻った。




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