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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
6.夢のような再会

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(1)


 すうっと意識が戻る。

 体がずっしりと重い。寝汗もたくさんかいてしまったようだった。


「いたっ」


 起き上がろうとした途端、ずきりと走った痛みに、フィアナは小さな悲鳴を上げる。

 その途端、近くで人の気配が動いた。


「ようやく目が覚めたな」


 フィアナの顔の上に顔を出したのは、黒髪の男性だった。

 がっしりとした広い肩の上に、すっきりと整った、どこか中性的な美しい顔がある。年齢は二十代後半といったところだろうか。


「気分はどう? どこが痛む?」


 肩の上で切られた艶のある黒髪、切れ長の目に分厚い睫毛。

 どこか冷たい感じがするのに、薄い唇が動いた途端、とても色っぽくなった。


「あ、あの」

「君は岩場から転落したんだろう? 体中にアザがあるが、それだけで済んだのは精霊のおかげだよ。よく礼を言っておくんだね」

「……はい?」

「岩場だっていうのに、あり得ないぐらいの枯れ葉に包み込まれていたよ。君は緑の精霊にかなり愛されているんだね。もしかして、緑の精霊王から加護を貰っている?」

「はい?」

「……」

「……」


 そういえば、岩場から落ちたんだった。あの高さでどうして助かったのだろう?

 精霊のおかげって、助けてくれたってこと?

 緑の精霊って? 精霊王って? 精霊に王様がいるの?

 フィアナの頭の中は疑問符でいっぱいになる。


「……まあいいか。それで痛いところは?」

「ええっと、肩が少し……」

「そうか。薬を用意しよう」

「え、そんな、大丈夫ですから」

「遠慮しないで。医者はいないけど、薬はあるんだ」


 男はすっと立ち上がる。

 そのまま立ち去っていきそうな雰囲気に、フィアナは慌てた。


「あの! 助けてくださって、ありがとうございます。お名前をお伺いしても?」

「どういたしまして。私はジェット。君は?」

「フィアナです」


 ジェットと名乗った男が立ち上がると、彼に遮られていた視界が開けた。

 フィアナが寝かされていたのは、大きな天幕の中だった。

 丸いドーム型のテントで、中央にはしっかりとした柱が設置されている。

 天井と壁は薄い黄色の防水布で、日の光が淡く差し込んでいた。


「朝?」

「そうだよ。君は一晩ぐっすり眠っていた」

「ご迷惑をおかけしました!」

「どういたしまして」


 真っ赤になってお礼を言うフィアナの様子は可愛らしく、ジェットの口元には笑みが浮かぶ。


「薬と食事を持ってこよう。待っていて」

「はい」


 出入り口になっている布を上げ、ジェットが天幕から出ていく。

 その時に、外の様子がちらりと見えた。

 大きな木々と草の緑、そして人々が活動している気配と音。ふわりと香ったのは、魔獣除けの薬草。

 どうやらここはまだ国境の森の中で、野営をしていた集団に助けられたということなのだろう。


(森の中で、野営をするなんて……。ジェットはどういう人なんだろう)


 魔獣の出る国境の森で野営するのには、それなりの規模と装備が必要になる。

 盗賊の集団か、騎士団、大規模な商会。

 フィアナの疑問は、戻ってきたジェットによって、すぐに解決した。


「私たちは帝国の騎士団だよ」


 フィアナに大きな木の椀を渡しながら、ジェットは隠す様子もなくそう言った。


「帝国は、国境の森に干渉していないと思っていました」

「していないよ。だが、王国に荒らされないように守ってはいる。定期的に巡回もしているよ」


 特に隠していることでもないらしい。


「フィアナは? 王国の人だね?」

「はい、今は」


 夫のレオナルドは王国の人だ。

 結婚してフィアナは正式に王国に戸籍を得た。


「おや。帝国人だった過去もあるのかな」

「私はこの森に捨てられていたので、帝国人だった可能性は半々らしいです」

「……二十年前、帝国はひどい飢饉があったんだよ。その時、多くの人が餓死したんだ」

「王国も同じだったそうです」

「そうか。気の毒に」


 知り合ったばかりだというのに、ジェットと話すのはとても楽だった。

 彼のまとう雰囲気は穏やかだ。

 だが、決して弱々しくはない。鋭く強い本質に、優しさをまとっているよう。


「幼少期は帝国に?」

「半々ぐらいです。拾ってくれた恩師が王国と帝国を行ったり来たりしていたので」

「それなら、帝国語は大丈夫?」

「はい、大丈夫です」


 と、フィアナは帝国語で返事をする。

 この大陸で最も多く使用されているのが帝国語だ。共通語といっても過言ではないだろう。

 どの国でも貴族なら帝国語は必須の教養になっている。。


「それはよかった。ここにいる間は帝国語でお願いするよ。王国語ができない者もいるのでね」

「はい」


 そんな感じで身の上話をしていると、ばさりと入り口の布があがり、背の高い騎士が中に入ってきた。

 とても短く切ってる茶色の髪は、日に透けて金色に見える。

 くりっとした大きな緑の目が、じろりとジェットとフィアナを見比べた。

 ジェットがそんな男に呆れたような顔を向ける。


「ニコ。女性の前だよ。食事中なのに」

「そりゃ、失礼。湿布薬を持って来たぞ」


 ずいっと、右手のひらの上に置かれた布を差し出してくる。

 そこには打ち身に効く薬草がたっぷりと塗られていた。


「あ、ありがとうございます」

「メシ中だったか、失礼した。食い終わったら塗ってやる」

「え」

「フィアナ、ごめんね。彼はニコラスだよ。この騎士団の騎士だから、安心して」

「は、はい。あの、お世話になっています」


 ニコラスは気にするなという感じに手を振って、どさりと無造作にジェットの隣に腰を下ろしてしまった。


「ニコ」

「いいだろ、別に。それより、帝国人だったのか」

「半分帝国人らしいよ。今は、旦那さんが王国人だから王国人ってとこかな?」

「あ、はい、どうして」

「その指輪」


 と、ジェットが視線を向けたのは、フィアナの左手にある指輪。

 結婚の印に、レオナルドから贈られたものだ。

 王国では左手に指輪をするのは既婚者だけという慣習がある。


「まだ新しいから新婚さんかな。青い目で金髪の旦那様だね。独占欲も強そうだ」


 指輪の石はレオナルドの目の青。

 普段使いする用の指輪なので、石はとても小さい。

 その分、レオナルドは石の色にとてもこだわって、彼の瞳の色ととてもよく似ていた。

 リングは目立たないように鉄と銀がメインに使われているが、よく見ると細い金色の線がぐるっとリングを一周している。


「もしかして、貴族?」

「彼はそうです。でも、爵位は継がないので」


 フィアナは食べ終わり、お礼を言って空の椀を渡す。

 ニコラスから湿布を受け取ろうとして、貼ってやると断られてしまった。


「ひどい打ち身なんだろう? 自分でやるのは難しい。おかしなことはしないから、安心しろ」

「ニコ。初対面の男にそんなこと言われて信用する女性なんているのかな」

「ジェット、お前はむこうを向いてろ」

「はいはい。大丈夫だよ、フィアナ。ニコはフィアナぐらいの年の妹がいるんだ。奥さんはまだだけど」

「黙ってろ」


 ジェットは悪戯っぽく舌を出して見せると、フィアナにウィンクしてから、その場でくるりと方向転換して背を向けた。

 ニコラスに無言で促され、フィアナも覚悟を決める。

 着せられていた寝巻の胸元を緩める。ぎゅっと胸元で寝巻を握って落ちないようにして肩から落とし、ニコラスに露になった背中を向けた。


「ひどい打ち身だ。しみるぞ」


 ぺたりと擦れた感触が触れると、そこからびりびりと痛みが走る。

 じっと身を縮めて我慢していると、次第に痛みは遠くなり、逆にほっとするような気持ちよさがやってきた。


「包帯で固定したほうがいい」


 と、ニコラスは手際よくシップの上から包帯を巻き始める。

 慣れた手つきに、フィアナは体の力を抜いて身を任せた。


「シップだけじゃなくて、飲み薬も使ったほうがよさそうだ。今日は一日寝ておけ。無理をすると熱を出すぞ」

「ありがとうございます、あの、でも」


 急いで寝間着を直し、フィアナはニコラスを振り返る。


「いつまでもお世話になるわけにはいかないですから」

「いつまでもって、今日一日と言っているだろう。明日からは動いてもいい」

「あの」


 どうにもニコラスとの会話がかみ合っていない。


「いえ、待ち合わせをしている人もいるので、すぐに向かわないと」

「それなら、俺が代わりに行ってやろう。ここに来てもらうか?」

「そこまでご迷惑をおかけするわけには」

「フィアナ、安心してここで休んでいいんだよ」


 クスクス笑いながらそう言ったのは、こちらに向き直ったジェットだった。


「あの、私がいるとご迷惑をおかけしてしまうかもしれません。連れも心配していると思いますし」


 フィアナを探しているレオナルドを、あのまま無視するのは申し訳なさすぎる。

 それにもし、王国がフィアナを諦めていない場合、また刺客を送ってくる可能性が高い。フィアナが森を出て帝国に入国する前に殺そうと考えるだろう。

 帝国の騎士団に同行していたら、なんだか面倒なことになってしまいそうだ。


 フィアナはかなり必死の口調でお断りをしたのだが、ジェットは駄目駄目と手をふった。


「私たちは、フィアナを守るようにって、緑の精霊に頼まれているんだよ」

「……はい?」

「なんだかピンときていないようだけど、フィアナは自分が精霊の加護を貰っていることは自覚しているんだよね?」

「それは、えっと、はい」

「その加護をくれたのが、この森に多く住んでいる緑の精霊。彼等はとてもフィアナのことを心配しているんだ」

「……ええっと、あの、ジェット様は、精霊が見えるんですか?」


 ふふんという感じに、ジェットは得意げな顔になり、にやりとした。


「そうだよ。私も精霊の加護を貰っている」

「!」


 精霊の姿が見えるという人に出会ったのは、生れて初めてだ。

 さすが帝国。精霊の加護が厚く、研究も進んでいる国だと、フィアナは感心した。


「精霊のお願いを断ったりしたら、後が怖い。特に、この森で緑の精霊のお願いを無視なんてしたら、この騎士団に明日はない。だから大人しく、私たちに守られていてほしい。わかったかい?」

「はい……よろしくお願いします」

「フィアナは素直でいいね! それじゃあ、君の事情を話してもらおうかな」


 精霊の加護に誓って、悪いようにはしないよと言うジェットに、フィアナは戸惑いつつも、これまでの経緯を話すことにした。



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