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私が死ぬのを、夫は待っているらしい。  作者: 須東きりこ
5.森へ

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(1)


 五日後、国境の町。


 四頭立ての立派な馬車が、町の大通りに入ってくる。

 この町には多くの裕福な商人が行きかうので、珍しいことではない。町の人々は特に興味も持たず、見送った。


 大柄な男が御者を務めるその馬車には、若い三人の男女が乗っている。

 若く美しい男性シャンテ、その使用人サリー、そして客分として迎えられたフィアナだ。


「この町はいつ来てもにぎわっているね」


 馬車の窓から街並みと人ごみを眺めながら、シャンテがどこかうきうきとした口調でつぶやく。

 シャンテは二十代後半の男性で、チョコレート色の艶やかな髪に緑の目をした、とんでもない美男子。商人だと自称していて、気さくで明るく人懐っこいのだが、貴族としか思えない品もある。

 この不思議な魅力のある男に、フィアナは匿ってもらっている。


 屋敷を脱出し、隣家の商家に助けを求め、馬と護衛を都合してもらったのだが、乗馬に慣れていないフィアナが夜中に馬を走らせるのは難しい。それならと、商家でつけてもらった護衛の男が、シャンテを紹介してくれたのだ。

 裕福な商人のシャンテは、黄色のヴェネラを咲かせたフィアナを知っていたし、レオナルドの父である亡き前伯爵と一緒に仕事をしたこともあって、レオナルドのことまでよく知っていた。

 レオナルドと彼の父にはお世話になったと話し、思わぬ偶然を喜んだシャンテは、自分も丁度よく国境に用事があるからと、フィアナを馬車に同乗させた。

 ここまで何事もなく快適な旅ができたのは、シャンテのお陰だ。


「そうですね。帝国の珍しい品もたくさんあって、町を歩くだけでも楽しいです」

「ああ、そうか。フィアナは国境の森には研究によく来てるんだったね」

「はい」


 リジェラ王国とブロス帝国の間にある広い森は、どちらの領土でもない。

 大昔から精霊の森と呼ばれていて、人が不用意に森の中に足を踏み入れると、精霊たちに悪戯されてひどい目にあう。魔獣も多く生息していて、好んで森に入ろうとする人はいない。

 だからこそ植物の宝庫でもあり、フィアナは研究のために何度も森の中に入った経験がある。勿論一人ではなく、結婚前はレオナルドと、結婚後はロッシュと一緒にだ。


「だが今回は、街歩き禁止だよ。フィアナの手配書が国境まで届いていると厄介だからね」

「はい……」


 馬車は町の中でも高級な店構えのホテルの前に止まる。

 御者をしている男性ネロが手続きを終わらせると、使用人の女性サリーがトランクを持って先に入る。

 フィアナはシャンテと一緒に最後だ。


「堂々とね」

「はい」


 どうしても背中が丸くなってしまうフィアナに、シャンテはいつもそう注意してくれる。

 シャンテが用意してくれた服を着て、サリーが綺麗にまとめてくれた髪の上にヴェール付の帽子をかぶり、背筋をのばして歩いていれば、フィアナは貴族夫人にしか見えない。

 逃亡した植物学者フィアナを探している警備の騎士には絶対に気づかれっこないと、シャンテは笑っていた。


 案内されたのは、ベッドルームが二つとリビングが一つの大きくて豪華な続き部屋だった。

 使用人のサリーがテキパキと動き、椅子に腰かけたシャンテとフィアナの前にお茶を出してくれる。

 サリーは二十代後半のキリリとした仕事のできる美人で、シャンテにとても忠実に仕えていた。


「さて、色々と報告が届いているよ」


 部屋を案内してくれたホテルの主人は、去り際、サリーに紙の束を渡していった。

 それをサリーから受け取ったシャンテは、口元に笑みを浮かべながら、楽しそうに目を通している。


「やはり、フィアナの手配書は国境まで届いているようだね。王家も諦めが悪いなあ。まあ、当然かな。黄色のヴェネラだものね」

「……」


 予想していたことだったが、気が重くなる。

 フィアナはため息を押し殺し、膝の上でぎゅっと手を握り締めた。


 レオナルドの屋敷を襲撃し、フィアナを殺そうとしたのは、国王だった。

 王国内で手広く商売をしているシャンテは、ありとあらゆるところに伝手があるそうで、フィアナを無事に逃がすため、まず最初に調べてくれた。敵が誰かわからないままでは、逃げるのも難しいからだ。


 王家が突然フィアナを殺そうとした原因は、襲撃のあった日に訪れたレオナルドの姉クラリッサ。

 クラリッサとフィアナの会話が所長マルタに聞かれていて、フィアナが黄色のヴェネラを持って帝国に行こうとしていると告げ口されたようだった。


「クラリッサは王都に残留しているようだけど、レオナルドの屋敷の使用人たちは伯爵領へ出発したようだね」


 屋敷の使用人の多くは、伯爵領からレオナルドのために来てくれていたのだ。

 王都を離れて故郷に帰るのなら、そのほうが絶対に安全だと、フィアナはほっとする。


「ロッシュの安否はわかりましたか?」

「ん-、伯爵領に向かった一行には含まれていない。まあ、あの子なら、動けるようになったらすぐにフィアナを追いかけてくるか、レオナルドと合流しようとするんじゃないかな」


 シャンテはロッシュのこともよく知っていたが、安否についてはまったく心配している様子がない。


「大丈夫だよ、フィアナ。ロッシュは騎士としてかなり強いし、しぶといんだ。彼は生涯、レオナルドのそばにいるし、それが彼自身の幸せにもつながると、ハーヴェイ伯爵は確信していたよ。だから、こんなところで死んだりしない」

「はい……」


 それは、予知能力があったというハーヴェイ伯爵が、ロッシュの未来を見て言ったことなのだろうか。

 これまでの道中、シャンテはこうしてレオナルド父の予知能力について、はっきりと口にしないけれど、思わせぶりなことを言う。フィアナが知っていることを前提に、話しているようにも聞こえた。


 一緒に仕事をしていたのなら、シャンテが予知について知っている可能性は高い。

 だが、フィアナのほうから、予知について口に出すことはできなかった。

 特殊能力は、家族だけが知るごく個人的なこと。伯爵家に歓迎されているとはいえないフィアナから、持ち出せる話題ではなかった。


「帝国にいるという、レオナルドのこと、何か情報はありますか?」

「それはごめんね。何もわからない」


 シャンテはとてもマイペースで、フィアナを助けてくれているが、無理をすることはない。

 自分の出来る範囲でだけ助力するという姿勢は、冷たいようにもみえるが、迷惑をかけたくないフィアナにとってはありがたいぐらいだった。

 そしてシャンテは、帝国の情報はわからない、帝国までフィアナを連れていくことはできないと最初から明言していた。


 シャンテの助力は、この国境の町まで。

 この先は、フィアナ一人で帝国に向かわなければならない。

 国境の森はフィアナにとって怖いところではないが、王国の追手は恐ろしかった。


「シャンテ様は、レオがなぜ帝国に行ったのか、思い当たることはありませんか?」


 少しでも情報が欲しくて、レオナルドのことをよく知るシャンテに問いかけてみる。

 シャンテは小首をかしげたが、深く考えることなく、すぐに口を開いた。


「強くなりたいと言って帝国にいるとなれば、多分、光の剣だろうね」

「光の剣、ですか」

「フィアナは知らないか。帝国では有名だし、剣を持つ者なら誰でも一度は憧れる、光の精霊が鍛えた剣だ」


 サリーが二人のお茶を入れなおしてくれる。

 彼女のお茶を気に入っているシャンテは、満足そうに口に運ぶ。

 笑顔になって、説明してくれた。


「光の精霊が認めた者しか、剣の主人になれない。その時代の最も優れた剣士が選ばれるんだ」

「精霊の剣……」


 剣とは無縁の生活をしていたフィアナは、聞いたこともなかった。


「光の剣はここしばらく主人がいないはず。精霊の目にかなう剣士が現れていないんだ」

「……レオは選ばれるんでしょうか?」

「どうかなぁ。こればっかりは、光の精霊に聞いてみないとね」


 くすくすとシャンテは笑う。


「でも、それならそうと教えてくれても……。どうして黙って……」


 名誉あることのようだし、秘密にする必要を感じない。

 選ばれなかったら恥ずかしいと思って秘密にしているのだろうか。でもそんなの、レオナルドらしくない。


「フィアナ。今はまずレオナルドに合流することを考えたほうがいいよ。夫婦なんだから、会ってちゃんと話をすればわかりあえるはずさ」

「はい……」

「大丈夫。レオナルドは妻を裏切るような男じゃないよ。彼を信じて」


 ロッシュと同じく、レオナルドと旧知の仲というシャンテは、常にレオナルドの味方をして、フィアナを励ましてくれる。

 そして、レオナルドに会えばきっと大丈夫と、フィアナの背中を押してくれた。


「森で会えると言っていたけれど、あの広い森の中で会える確証はあるの?」


 フィアナは気持ちを入れ替えて、深く頷く。


「レオと一緒に森に植物採集に行っていたとき、拠点にしていたところがあります。きっとそこに彼も来てくれると思います」

「そうか。一人だけど大丈夫?」

「大丈夫です。森に入ってしまえば、私には逆に安全で」

「ふふ、そうかもね」


 勇ましい態度で胸をたたくフィアナに、シャンテはほほ笑む。


「森に入るまでは、ネロに護衛させるよ。今、サリーが森に入る装備を準備してくれている」

「ありがとうございます、シャンテ様。色々としていただいて、この御恩は忘れません。いつか必ず、お礼をさせてください」


 屋敷から持ち出した装備の中に、まとまった金額のお金があったので、その半分を受け取ってもらっている。半分といっても、かなりの額だ。

 だが、シャンテの手助けは、今のフィアナにとってお金には替えられない価値があった。いつか必ず、この恩に報いたかった。


「フィアナの気持ちはよくわかっているよ。でも今は、レオナルドと合流することだけを考えたほうがいい。王国に命を狙われているんだからね」

「はい、シャンテ様」


 今は悩んでいる余裕はない。王国中から命を狙われているのだ。

 レオナルドに対する疑問も不安も、今は考えない。

 会えればきっと解決するはず。

 フィアナはそう自分に言い聞かせた。




 翌朝。

 三日ごとに運航している帝国と王国を往復している乗合馬車が、運よく早朝に出発するというので、フィアナはチケットを買って乗ることにした。

 なにしろ、歩いて森を抜けようという人はほとんどいないので、徒歩で関所を抜けようとするとかなり目立ってしまう。馬車で関所を抜けた後、森の中で下ろしてもらおうと思ったのだが。

 国境の警備は想像以上に厳重で、手配書と人相書きまで回ってきていたフィアナは、見とがめられて呼び止められ、国境警備の騎士たちにあっという間に取り囲まれてしまった。


 ここまでかと覚悟した時、どこからともなく見覚えのある二人がフィアナを取り囲む騎士たちに駆け寄ってくる。


「!」


 シャンテの使用人、サリーとネロだった。

 立派な体格のネロはともかく、女性のサリーが剣を持つ姿が様になっているのがさらに驚きで、フィアナは思わず唖然となってしまう。


「はやく、行きなさい!」


 サリーに叱りつけられ、フィアナは我に返る。

 警備の騎士たちの数は多く、二人では長く足止めはできないだろう。


(ごめんなさい、ありがとう!)


 フィアナの知り合いだと騎士たちに知られたら、二人の迷惑になる。

 心の中でお礼を言うと、フィアナは全力で走り出した。




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