5復讐の相手1
まどろみ。
寝てはいないのだけど、起きてもいない。
大海に浮かぶように意識を漂わせる。
しょうがない。
スケルトンは寝られないのだから。
寝なくてもいい。
でもなんとなく寝なきゃ気持ちが悪くて、寝てるのか寝ていないのかも分からないようなまどろみに身を任せていた。
「ん……」
足音が聞こえて、俺の意識はまどろみから引き上げられる。
「……ゴブリンか」
俺は寝転がったまま目の前を通り過ぎるゴブリンを見送る。
ネズミ以外のモンスターも俺を無視する。
それどころか道端に寝転がっていれば人も俺をないものとして扱う。
人にとってもモンスターにとっても俺はただの骨。
一抹の虚しさを覚えないこともないが、どうせ戦う力はないのだから無視されるのはありがたい。
「よいしょ」
俺は体を起こして、座ったまま体を伸ばす。
伸ばしても伸びた感覚はないが、背骨がポキポキと鳴った。
今、俺は地下にいる。
ただ地面を掘って隠れているわけじゃなく、元々地下鉄だった路線のどこかに潜んでいる。
適当に歩いていた俺は地下鉄の駅を見つけた。
何駅だったのかも分からないほどに朽ち果てていたが、地上よりも人がいないかもしれないと降りてきたのだ。
暗くて今にも崩壊しそうな雰囲気のある地下鉄は、モンスターもいて普通の人にとっては危険な環境だろう。
だがモンスターに襲われない俺にとっては快適空間だった。
「それに……暗闇でも見えるのはありがたいな」
地下鉄も人が使わなくなって久しい。
当然ながら電気なんて通ってなく、地下に光も入らなくて暗闇が広がっている。
それでも俺は周りが見えていた。
よく考えれば眼球もない。
一応周りは見えているが、目で見ているというわけじゃなかった。
どうやら周りの環境に関わらず俺は周りが見えるようだった。
「さて……これはどうするかな?」
俺はアイテムボックスに手を突っ込む。
そして中に入っていたものを取り出す。
豪華な見た目のガラスのビンがアイテムボックスの中から出てくる。
ビンには似つかわしくないようなラベルが貼ってあって、英語でエリクサーと書いてある。
俺はアゴに手を当てて首を傾げる。
「エリクサー……本物か?」
ビンをかざして軽く振ってみる。
チャポチャポと音がして液体の中身が入っていることは間違いないと確認できた。
「どんな病気も治してしまうような秘薬が……これなのか?」
エリクサーといえば万病を治療できるとんでもない伝説の秘薬だと聞いたことがある。
しかし実際そんな万能薬があるのか疑わしい。
試したくとも骨の体に病気はない。
「まあどこかで使い道があるかもな」
どの道、今使うものではない。
俺はエリクサーをアイテムボックスに戻す。
アイテムボックスのスキルを持っていた男が何者なのかは知らないが、殺されたのには納得した。
本物のエリクサーを持ち出したんだとしたら、殺されても文句は言えない。
殺さずに聞き出す方法でもあったんじゃないかと思うのだけど、当時の事情は記憶で見たものまでしか分からない。
聞き出しているような余裕すらなかった可能性も十分にある。
「まっ、死んだやつのことなんか考えてもどうしようもない」
紆余曲折あったものの、俺の手元にエリクサーがあるという事実が俺にとって大事なのである。
当時何があったのか考えるだけ無駄というもの。
「にしたって……どうするかな」
俺はゆっくりと立ち上がる。
今のところ地下鉄にはモンスターしかおらず、人の気配はない。
モンスターに襲われない以上地下鉄は安息の地であるものの、このまま地下鉄に住み着いたって俺の人生に進展はないだろう。
動かねばならない。
俺はとりあえず入ってきた駅から離れる方向に歩き出す。
「ここは酷いもんだな」
歩いていくと駅にたどり着いた。
ここは完全に崩壊していて、外に出られそうもない。
「はぁ……」
俺はため息を漏らす。
俺の記憶には穴が多い。
何者であったのかという必要そうな記憶は全く思い出せず、なんとなく知識が思い出せるというぐらいの不安定な状態だった。
思い出せそうで思い出せないという状態は気持ち悪い。
もしかしたら俺が自分の記憶と思っているものは、俺のものではなく誰かの骨から得られた記憶なのかもしれない。
そんな風に疑いを感じてしまう時もあった。
「君も覚醒者に……」
ふと壁のポスターが目についた。
ひび割れたガラスのカバーで保護されているからか、劣化が少なくてまだ読める。
覚醒者を募集する内容のもので、真ん中には男が一人。
「…………なんだ?」
頭の奥をガリっと引っかかれるような違和感。
ポスターの男に見覚えがあるような気がする。
「俺はこいつを知っている?」
防具を身につけ、剣を腰に差している男はどう見ても覚醒者だ。
割と爽やかで甘めな顔をしていて、年齢は二十代の後半から三十代の前半というところだろうか。
『なぜ……裏切った……』
頭の奥を引っ掻くような感覚が強くなっていく。
記憶の扉がこじ開けられそう。
俺はガラスを叩き割り、ポスターを乱雑に手に取った。




