4不思議な能力3
「来たか……」
足音、それに話し声。
俺はナイフを抱えるようにして、再びただの死体を演じる。
もはや逃げる時間はない。
いやでもナイフを握る手に力が入る。
息もしてないのに息を殺そうとグッと口を閉じて、ひたすらに立ち去ってくれと願う。
「いなかったな。一体どこに行ったんだ?」
「そんなに気にするようなことか? ただのスケルトンだ」
会話がはっきりと聞こえ始めた。
見えていないのに、命を近くに感じる。
「最初の一撃だってほとんど反応すらできてなかったろ」
「だがスケルトンが逃げるなんて聞いたことない。何かの変異体の可能性も否定できない」
胸の奥を撫でられているかのよう。
近くに人間がいると、襲いかかりたくなる。
嫌な感情がざわりと理性を侵食する感覚に不快感を覚える。
「何見てるんだ?」
「やっぱりあの死体、気になるな」
ドキッとした。
心臓が跳ね上がるような思い。
「どっちかスケルトンだって言うのか?」
「すぐ近くまで行ったも動かなかっただろ」
どうやら覚醒者の一人が執拗に俺のことを疑っているようだった。
なんてことはただの骨なんだからほっといてくれ。
「気になったんなら確認してみればいい。右腕を斬り飛ばしたんだから右腕がなければ、さっきのやつだ」
足音が近づいてくる。
「おい……」
俺のすぐ横で覚醒者が膝をつく。
ナイフを持つ手にさらに力が入る。
生唾を飲み込むような気持ちで俺はじっと時を待つ。
「この死体……腕がないぞ」
覚醒者が先に手をかけたのは俺の隣にあった死体の方だった。
俺がもらったのだから片腕がない。
ボロ切れを被って体を隠している俺よりも先に見るのは当然だった。
「やっぱりこいつはさっきの……」
俺は一気に起き上がる。
死体の方を見ていた覚醒者の腕を掴んで、ナイフを思い切り突き刺す。
「ハズレ、だ」
ナイフを突き刺したのは腹。
目も首も心臓も狙えたけれど、あえて狙わなかった。
「なっ……ダイキ!」
「動くな……」
俺はナイフを抜いて、覚醒者の首に刃を当てる。
「スケルトンが、喋って……」
「おい、死にたくなければ武器を下ろさせろ」
覚醒者を無理やり立たせて、盾にするように前に出す。
俺は覚醒者の首に手を回すようにして、ナイフを当てて脅す。
脅しではないと分からせるため、ナイフの先は首に食い込ませている。
背の高い男だったので、ちょうど俺の目の前を血が流れていく。
「お、お前ら、武器を下ろしてくれ」
覚醒者たちは状況を飲み込めていない。
まさかスケルトンに人質を取られて脅されるとは思ってもみなかっただろう。
「くっ……」
覚醒者は腹を押さえる。
ナイフは結構深く刺さったのでかなり出血していた。
腹を刺したのは抵抗を抑えるためだったけれど、策は上手くいった。
「道を開けさせろ」
相手を倒すことができないのなら、利用するしかない。
グルグルと考えを巡らせた結果に思いついたのが、人質作戦だったのだ。
「やっぱり変異体だったのか!」
「いいから、お前らそこ退けろ!」
相手が冷静になる前に逃げねばならない。
覚醒者の仲間たちが道を開けたので、俺は覚醒者にナイフを突きつけたままゆっくりと移動する。
「もっと離れさせろ」
「お前ら離れろ!」
ナイフをグリっと動かして首を抉ると、覚醒者はすぐに俺の言葉を大声で仲間に伝えてくれる。
慎重に階段を降り、建物の外に出る。
「そこにいるように言え」
「そこで止まれ!」
建物の入り口で覚醒者の仲間たちには留まってもらう。
俺はそのまま離れていき、別の建物の角まで移動する。
「な、なあ、どうするつもりだ?」
覚醒者の声は震えている。
迷いが生じた。
殺すべきか、生かすべきか。
ずっと俺の胸の奥にいる黒い感情は殺せと叫ぶ。
「…………」
「グッ!」
俺はナイフを振り上げて、覚醒者の頭を思い切り殴る。
非力なスケルトンの力だけど、ナイフの柄で無防備な頭を殴られれば無事では済まない。
俺はすぐに角を曲がって走る。
「これでよかったんだ」
殺さなかった。
きっと殺さないでいれば覚醒者の仲間たちは、容体を確認したり治療したりと俺を追いかける暇がなくなるはずだ。
殺して逆上されたら追いかけられる可能性が大きくなる。
それに黒い感情に従ってしまうと、俺はダメになってしまう気がした。
「どうするかな……もうあそこにいるのは危険だ」
また探しに戻ってこられたら面倒だ。
全く住み慣れてもいないが廃ビルからは離れたほうがいい。
俺は疲れを知らない体に任せて走り続ける。
覚醒者たちが追ってこないと確信を得られたのは、すっかり日が暮れてからだった。
廃ビルに異常なスケルトンがいると聞くのは、後々のことなのであった。




