第3話 美味しいものを探しに
「……何か、良い匂いがいたしますわね」
アリアベルはふと足を止めた。
視線の先。
通りの一角に、小さな屋台が出ている。
焼ける音。
香ばしい匂い。
明らかに“美味しいもの”の気配だった。
「……あちらでございますね」
隣の青年が即座に特定する。
「この街では一般的な軽食にございます」
「そうですの?」
アリアベルは興味深そうに近づく。
旅に出てから、彼女には一つの楽しみが増えていた。
世界中の美味しいものを探すこと。
それは誰に言われたわけでもなく、自然と始まったものだった。
「いらっしゃい!」
屋台の店主が声を上げる。
「焼き串だよ、一本どうだい?」
「では、一本いただけますかしら」
自然な所作で受け取る。
見た目は素朴。
だが、香りは良い。
「……いただきますわ」
一口。
静かに咀嚼する。
そして。
「……美味しいですわね」
即答だった。
迷いもなく。
確信をもって。
「本当かい?」
店主が目を丸くする。
「ええ」
一拍。
「とても美味しいですわ」
その言葉は、ただの感想。
特別な意味はない。
だが。
「……おい、聞いたか」
「今の……」
「……あの人が“美味しい”って……」
周囲の空気が変わる。
わずかに。
確実に。
「どうかしましたの?」
アリアベルは首を傾げる。
「いえ……」
青年が小さく息をつく。
「少し、影響が出ております」
「影響?」
「はい」
一拍。
「アリアベル様が評価したものは、高確率で評価が上昇します」
「……そうですの?」
「はい」
「統計上、例外はほぼありません」
淡々とした報告。
だが内容は異常だった。
「……偶然ではなくて?」
「現時点では、偶然とは断定できません」
つまり。
ほぼ確定している。
◇
「おい、もう一本くれ!」
「俺にも!」
「並べ、並べ!」
人が集まり始める。
屋台の前に列ができる。
先ほどまでとは明らかに違う流れ。
「……急に売れ始めたな」
店主が困惑する。
「……良いことではなくて?」
アリアベルは小さく首を傾げる。
「はい」
青年は頷く。
「経済的には非常に良い影響です」
「ただし」
一拍。
「原因が特定できません」
◇
「……難しいですわね」
アリアベルは軽く笑う。
「美味しいものは、美味しいだけですのに」
それが真理だった。
少なくとも、彼女にとっては。
◇
「次は何を召し上がりますか?」
青年が問う。
「そうですわね」
少し考える。
周囲を見渡す。
まだ知らない味。
まだ食べたことのないもの。
「……あちらにいたしましょうか」
指を向ける。
別の屋台。
「承知いたしました」
即座に動く。
それが役目。
◇
その日。
一つの屋台が繁盛した。
理由は不明。
ただ。
“美味しい”と評価されたから。
それだけ。
少女は歩く。
味を求めて。
ただの楽しみとして。
その一言が、何を動かしているのかも知らずに。




