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八上の三魂  作者: 双鶴


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第三十三話 兄上、私は幸せでした

八上城の戦いは、すでに七日目を迎えていた。


明智勢の攻めは日ごとに激しさを増し、

柵は破られ、土塁は削られ、

城兵の数も半分以下に減っていた。


それでも――

八上城は落ちなかった。


波多野秀香は、天守の一角に腰を下ろし、

血に染まった袖を静かに握りしめた。


「……皆、よく戦ってくれている」


家臣が駆け寄る。


「秀香様!

 南の柵、持ちこたえております!

 兵たちは皆、まだ戦えます!」


秀香はうなずいた。


「そうか。

 皆よくやってくれているな」


「はっ!」


家臣が去ると、

秀香はふと、天守の窓から空を見上げた。


夕陽が山の端に沈みかけ、

空は赤く染まっていた。


その色は、

どこか兄たちの最期を思わせた。


秀香は静かに目を閉じた。


――秀治兄上。

――秀尚兄上。


胸の奥に、

温かく、そして切ない記憶が広がる。


幼い頃、

秀治はいつも秀香の手を引いてくれた。


「秀香、武士はな、

 人のために立つものだ」


秀尚はいつも笑っていた。


「秀香は強い。

 兄上より強くなるぞ」


その声が、

今も耳に残っている。


秀香は小さく息を吐いた。


「……兄上。

 私は、あなた方の弟でいられて……

 本当に幸せでした」


その言葉は、

誰に聞かせるでもなく、

ただ空へと溶けていった。


外から怒号が響いた。


「敵、北の土塁を突破!

 明智勢、城内へ!」


秀香は立ち上がった。


「……来たか」


腰の太刀を握り、

階段を駆け下りる。


家臣たちが集まっていた。


「秀香様!

 もはやこれまでかと……!」


秀香は首を振った。


「まだだ。

 最後の一兵まで戦う。

 それが秀治兄上・秀尚兄上への御恩だ」


家臣たちの目に、

再び光が宿った。


「秀香様……

 お供いたします!」


秀香はうなずき、

太刀を抜いた。


「行くぞ。

 我々は…八上勢は最後まで戦う」


その声は、

静かで、しかし揺るぎなかった。


明智勢の鬨の声が迫る。


秀香は天守の階段を駆け上がり、

最後の戦場へ向かっていった。


――兄上。

 私は、あなた方の弟として死ねる。

 それだけで、十分です。


その独白は、

八上城の夕空に静かに消えていった。


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