第三十一話 八上、徹底抗戦
明智勢が八上城を包囲して三日。
山々には太鼓の音が響き、
城下には緊張が張りつめていた。
波多野秀香は、天守の最上階に立っていた。
「……来るか」
その声は静かだったが、
胸の奥には燃えるような決意が宿っていた。
家臣が駆け込む。
「秀香様!
明智勢、北の尾根に陣を敷きました!
斎藤利三の旗印、確認!」
秀香はうなずいた。
「全兵、持ち場につけ。
弓兵は矢倉へ。
槍兵は柵の前へ。
城門は固く閉ざせ」
「はっ!」
家臣たちが散っていく中、
秀香は胸の奥に刺さる記憶を思い出した。
――兄たちの訃報が届いた翌日のこと。
八上城に、もう一つの知らせが舞い込んだ。
「秀香様……
明智の母君が……処刑されました」
使者の声は震えていた。
秀香は息を呑んだ。
「……誰がやった」
「秀治様・秀尚様に近かった家臣たちです。
“御両名の御仇”と……
明智の母を捕らえ……
処刑したとのこと……」
秀香は目を閉じた。
胸の奥に、
重く、苦い痛みが広がった。
――兄上たちの死は、確かに理不尽だ。
――だが、母君を巻き込むのは……違う。
「……その者たちを罰するな。
彼らもまた、兄上たちへの御恩を思えばこそだ」
だが同時に、
秀香は悟った。
これで、明智との和睦は完全に断たれた。
八上は、もう退くことができない。
――退路は、断たれた。
その記憶が胸に蘇る。
秀香は天守の窓から外を見下ろした。
山の向こうに、
黒い波のように兵の列がうねっている。
「秀治兄上……
秀尚兄上……
私は、あなた方の道を継ぎます。
だが……
この戦は、もはや“正義”ではない。
それでも、退くことはできぬ」
その時、外から怒号が響いた。
「敵、前進!
明智勢、柵へ迫る!」
秀香は目を開き、
天守を飛び出した。
「全軍、構えよ!」
城兵たちが一斉に武器を構える。
明智勢の先鋒が、
黒い波のように押し寄せてくる。
秀香は城門前に立ち、
高らかに叫んだ。
「波多野の…丹波の誇りを胸に!
八上は最後まで戦い抜くぞ!」
「おおおおおおっ!」
城兵たちの士気が一気に高まる。
その瞬間、
明智勢の太鼓が鳴り響き、
八上城最後の戦いが幕を開けた。




