第二十五話 安土の空の下で
安土城は、八上とはまるで別世界だった。
琵琶湖を望む丘の上にそびえ立つその城は、
金箔の瓦が朝日に輝き、
まるで天下そのものが形を成したようだった。
秀治と秀尚は、少数の供を連れて城門をくぐった。
「……これが、安土……」
秀尚が思わず息を呑む。
秀治もまた、圧倒されていた。
「信長公の威光……
これが天下人の城か」
だが、その壮麗さの裏に、
どこか冷たい気配が漂っていた。
案内役の武士が言う。
「八上の殿。
上様はすでにお待ちです。
明智様も同席されます」
秀治はうなずき、
静かに歩を進めた。
広間に通されると、
そこには織田信長が座していた。
その隣には、
明智の姿があった。
秀治と秀尚は深く頭を下げる。
「八上の波多野秀治、秀尚。
この度は和睦のため、参上いたしました」
信長はしばらく二人を見つめ、
やがて低く言った。
「……面を上げよ」
二人が顔を上げると、
信長の眼光が鋭く突き刺さった。
「八上は、よく持ちこたえたな。
明智の包囲を破らず、
民を守り、
最後まで抗った」
秀治は胸を張った。
「はい。
民を守ることこそ、我らの務めにございます」
信長はわずかに笑った。
「民、か。
そなたらは、民のために和睦を選んだと聞く」
秀尚がうなずく。
「はい。
八上の民を救うため、
和睦を受け入れました」
信長はその言葉を聞き、
ふっと目を細めた。
「……そうか。
民のため、か」
その声には、
どこか冷たい響きがあった。
明智が一歩前に出る。
「上様。
八上の両名は、誠意をもって参上しております。
どうか……」
信長は手を上げ、明智を制した。
「光秀。
そなたの言い分は聞いておる」
そして、秀治と秀尚を見据えた。
「だがな――
戦に敗れた者が、
己の都合で和睦を語ることなどできぬ」
秀治の表情が揺れる。
「信長公……
我らは……」
信長の声が広間に響いた。
「八上は、織田に刃向かった。
その罪は、和睦で消えるものではない」
秀尚が息を呑む。
「では……
我らは……」
信長は静かに告げた。
「――覚悟はできておろうな」
その瞬間、
広間の空気が凍りついた。
秀治は、ゆっくりと目を閉じた。
「……はい。
民を守るために選んだ道。
その果てがいかなるものであれ、
受け入れる覚悟はございます」
秀尚もまた、兄の隣でうなずいた。
「兄上と共に、どこまでも」
信長は冷たく言い放った。
「ならば――
連れて行け」
武士たちが一斉に動き、
兄たちの両腕を掴んだ。
明智が思わず声を上げる。
「信長公!
お待ちを!
彼らは――」
信長は振り返らずに言った。
「光秀。
戦とは、そういうものだ」
兄たちは連れ出されながら、
最後に明智へ目を向けた。
秀治は静かに言った。
「明智殿……
八上を……頼みます」
明智は唇を噛み、
何も言えなかった。
安土の空は晴れ渡っていたが、
その光はどこか冷たかった。




