↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「笑う君に恋をした 」~相方見つけたと思ったら、恋の始まりだった~  作者: 青井 空太


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/99

第96話『側にいるから』

ストーブの上で、ヤカンが小さく鳴っていた。


 カタカタ、と静かな音。


 和室には、じんわりした暖かさが広がっている。


 星羅は、布団の横に座っていた。


 眠っている瑛太を、静かに見つめる。


 少し赤い頬。


 苦しそうな呼吸。


「……」


 そっと布団を整える。


「う〜ん……」


 小さな声が漏れた。


 瑛太が、ゆっくり目を開ける。


「あー……星羅……」


 ぼんやりした声。


「居てくれたんか……」


「ずっと居たべさよ」


 星羅が、小さく笑った。


「何か飲むべか?」


「……うん、飲みたい……」


「経口水、買ってきたから」


 星羅は立ち上がる。


「ちょっと待ってな、コップさ入れるから」


 静かな部屋に、注ぐ音だけが響く。


「はい……」


「ありがとう……」


 瑛太はコップを受け取ると、そのまま一気に飲み干した。


 ごく、ごく、ごくっ。


「……ぷはぁ」


「もう一杯もらえる?」


 星羅が少し眉を下げる。


「瑛太、一気に飲んだらだめだべ」


「ゆっくり身体に馴染ませるように飲むんだべさ」


 幼い子を諭すみたいな声だった。


 そう言いながら、もう一度コップへ注ぐ。


「はい」


 今度は、瑛太もゆっくり飲んだ。


 少しずつ。


 喉を通していく。


「……えらいべ」


 星羅が、くすっと笑う。


 そのまま背中へ手を伸ばした。


「……あっ」


 服が汗でびっしょりだった。


「瑛太、汗かいたなぁ」


 星羅は部屋の隅の袋を持ってくる。


「下着の着替えも買ってきたから、着替えて」


「パジャマは、お兄ちゃんのだけど」


「えっ?」


 瑛太が少し驚いた顔をする。


「……でも、下着のサイズは?」


「あっ……」


 星羅が固まった。


「ご、ごめんなさい」


「お父さんに、瑛太の荷物から下着のサイズ見てもらったべさ……」


「ごめんなさい……」


「いやいや!」


 瑛太が慌てて首を振る。


「謝らんでええって」


「逆にありがとう……ほんまに」


 弱々しい笑顔。


「ありがとうやで、星羅」


「……っ」


 星羅は、自分の顔が熱くなるのを感じた。


(なんで今更、瑛太の顔見て赤くなるんだべ、私……)


「と、とりあえず!」


 慌てて立ち上がる。


「着替えとタオル置いておくから!」


「ちゃんと汗さ拭いて着替えるべさよ!」


「わかった」


「私は廊下にいるから!」


「何かあったら声かけて!」


 ぱたぱたと和室を出ていく。


 襖が閉まる。


 和室には、ストーブの音だけが残った。


 瑛太は、ゆっくり身体を起こす。


 パジャマを脱ぐ。


 タオルを持つ。


 でも。


「……あかん」


 力が入らない。


 背中へ手が届かない。


「星羅〜?」


『居るべさよ〜』


 襖の向こうから、すぐ声が返ってくる。


『どうしたべ?』


「いや、ごめんやけど……」


「背中の汗拭きたいねんけど、力入らんくて……」


「ちょっと拭いてくれへん?」


『う……うん……』


 襖の向こうで、星羅がそっと手を掛ける。


 その時。


 ど!ど!ど!ど!ど!!


「やあ、瑛太君!」


 勢いよく現れたのは、星羅の父だった。


「何かお困りかな!?」


「お父さん!?」


 星羅が飛び上がる。


「何々? 背中の汗が拭けない?」


「よし!」


「お父さんがしっかり拭いてあげよう!」


 襖を開けて、ずかずか入っていく。


「ちょっ……お父さん!」


「うわっ、お、お父さん!?」


 瑛太も目を丸くする。


 その時、再び廊下が響いた。


 ど!ど!ど!ど!ど!!


「あ・な・た!!」


 今度は、星羅の母だった。


「えっ、お母さんまで!?」


「星羅」


 母――希美が、にっこり笑う。


「瑛太さんの背中、拭いてあげて」


「ほら、あんた行くよ」


「だってワシの星羅が……」


「はいはい」


 希美は小さな身体で、夫・謙二郎をずるずる引きずっていく。


 襖が閉まった。


 静寂。


「……」


「……」


「……ヘックション」


 瑛太のくしゃみだけが響く。


 星羅が、小さく吹き出した。


「ごめん、瑛太」


「今拭くね」


「ありがとう、星羅」


 星羅は、そっとタオルを背中へ当てた。


 汗を拭く。


 ゆっくり。


 優しく。


「……」


 そのまま、瑛太がぽつりと呟く。


「俺、オヤジ小さい時に亡くしたから」


 星羅の手が止まる。


「親父さんが新鮮でさ」


「さっき、ちょっと拭いてもらったん……少し嬉しかったかな」


 困ったような。


 でも、どこか嬉しそうな笑顔。


「……そうだったんだ」


「うん」


 瑛太は少しだけ天井を見上げた。


「何か……」


「温かい家族の一員になれたみたいで」


「凄く嬉しかった」


 ストーブの火が、小さく揺れる。


 ヤカンの音。


 外の風。


 星羅は何も言わなかった。


 ただ。


 瑛太の背中へ触れる手だけが、少し優しくなる。


「……ほら」


 星羅が静かにシャツを渡す。


「後は出来る?」


「おう」


「じゃあ、着替えたら呼んでね」


「私、そこにいるから」


 襖が閉まる。


 数分後。


「着替えたよ〜」


 声が聞こえる。


 星羅は静かに襖を開けた。


 そして。


 そのまま、瑛太を抱きしめた。


「せ、星羅……?」


「……ひとりで頑張ってたんだね」


 小さな声。


 瑛太は、少しだけ目を丸くした。


「……うん」


 星羅は何も言わない。


 ただ、抱きしめる腕だけが少し強くなる。


 瑛太は、そっと目を閉じた。


「ありがとう、星羅」


「俺にはオカンと妹おるけど」


「……星羅がおると、安心するわ」


「うん、一緒にいるよ……」


「……って」


 星羅が、ゆっくり顔を上げる。


「……瑛太って妹いるの?」


「えっ」


「私、末っ子だから妹憧れるんだ」


「かわいい?」


「何歳?」


「……二十歳」


「会いたい! 会いたい!」


「私も瑛太の家族と会いたい!」


「今度、大阪営業の時に会わせてよ! ねっ、ねっ?」


 目がきらきらしている。


 瑛太は、ぽかんとした。


「いや、ええけど……」


「星羅、むっちゃ俺の家族に食いつくやん」


 思わず、ふふっと笑う。


「あかん……」


 瑛太が額を押さえた。


「熱上がったかも……」


「……ごめんだべ」


 星羅がしゅんとする。


「……でも、ありがとうやで」


「瑛太ぁ……」


 また抱きつく。


「ちょ、あかんて!」


「風邪うつるから!」


「看病した方が風邪引いたらしゃれならんやろ!」


「……もう少し、このまま」


 小さな声。


 瑛太は、言葉に詰まった。


「……わかったから」


「ちょ、正面から抱きつくな!」


「当たってるって!」


「……ふふっ」


 星羅が笑う。


 その笑い声に。


 瑛太は、真っ赤になりながら布団へ顔をうずめた。


 熱のせいか。


 それとも別の理由か。


 胸が、ずっとあったかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。