第94話『それぞれの朝』
朝。
カーテンの隙間から、
やわらかな光がリビングへ差し込んでいた。
「お腹空いたぁ……」
星羅が、ぱたぱたと階段を降りてくる。
その声に、
リビングにいた瑠美が振り向いた。
「あ、星羅」
「瑠美さん、起きただべ」
星羅が、ほっとしたみたいに笑う。
瑠美は、少しだけ苦笑した。
「うん……寝かせてくれてありがとう」
「全部話したのはビックリしたけどね……」
「えっ?」
星羅が、きょとんとする。
「ゆっくり寝れたべか?」
「二日酔い治って良かったべさ」
「だって、サヨナラ二日酔いA錠と胃薬――むがっ」
ぴたっ。
瑠美が、慌てて星羅の口を押さえた。
「だから全部話すない!」
「人の努力を口にするものでは、ありません!」
「ぶふぁっ」
星羅が、もがもがしながら瑠美の手を外す。
「瑠美ちゃん苦しいべ〜」
「わかったべさ」
「とりあえず、お腹空いたべよぉ……」
そのやり取りに、キッチンから星羅の母が笑う。
「はいはい、今準備するだべよ〜」
しばらくして。
テーブルへ、湯気の立つ朝食が並んだ。
しじみ汁。
焼き鮭。
炊き立てのご飯。
星羅の目が、
ぱっと輝く。
「わぁ……しじみ汁だ」
「私これ大好き」
箸を伸ばす。
ほぐした鮭を口へ運ぶ。
「ん〜……美味しい……」
幸せそうな顔。
瑠美が、思わず笑った。
「ところで、瑛太はどうなの?」
「ちゃんと、おかゆ食べて薬飲んで、今は寝てるべ」
星羅は、味噌汁を飲みながら頷く。
「私は今日は、瑛太の看病するべ」
「そっか……」
瑠美は、少しだけ息を吐いた。
「星羅、ごめん」
「マネージャーとして……ダメだけど」
「瑛太は、あなたに任せたわ」
星羅は、きょとんとしてから笑った。
「わかってるべ」
「れん兄ちゃんとデートだべ?」
「聞こえてたべよ〜」
「楽しんできてね」
そのあと。
にやり。
「って言うか、れん兄ちゃん、デート慣れてないから」
「瑠美さん、リードしてあげてね」
「いや、お前に言われたくないべさ」
蓮が、即座に返す。
「ふーん」
星羅は、鮭をもぐもぐ食べながら笑った。
「こいつ……」
瑠美が、くすっと肩を揺らす。
「まぁまぁ」
そして。
「あ、そうだ」
鞄をごそごそ探る。
「蓮、“サヨナラ二日酔いA錠”いる?」
「いる!」
蓮が即答した。
「分けて!」
「あははっ、いいよ」
瑠美が立ち上がる。
「取ってくるね」
リビングを出ていく。
その背中を見送りながら、
星羅がぽつり。
「ほら、リードされてるべ」
「ぐぬぬ……」
蓮が悔しそうな顔をする。
星羅の母が、笑いながら頷いた。
「はい、蓮の負けだべ」
「父さん、なんかアドバイスないの?」
急に振られて、星羅の父が味噌汁を置く。
「ん〜……そうだなぁ」
少し考えてから、にっと笑った。
「男はな、表で支えてもらって、裏で女性を支えるのがコツだぞ」
「……なるほど」
蓮が真面目に頷く。
「父さん参考になる」
すると。
星羅の母が、すかさず口を挟んだ。
「いやいや」
「父さんは、裏も表も両方支えられてるべさ」
数秒。
「……こりゃ一本取られたな」
父が笑う。
「はははっ」
その時。
瑠美が戻ってきた。
「はい、蓮」
差し出された薬。
「“サヨナラ二日酔いA錠”と胃薬」
「これ飲んだら、二日酔いとはサヨナラよ」
「ありがとう……救世主だべ」
蓮は、ありがたそうに薬を飲み込んだ。
星羅の父が、優しい目で二人を見る。
「瑠美さん、蓮」
「楽しんできなさい」
「気をつけてな」
「「はい」」
声が重なる。
蓮が、椅子から立ち上がった。
「行くべ」
瑠美も立ち上がる。
「うん」にっこり笑う。
「あらぁ〜」
星羅が、またにやにやし始める。
「すっかり仲良しですねぇ〜」
「楽しんで〜」
その瞬間。
星羅の母が、ふふっと笑った。
「あなたも、人のこと言えないわよ〜?」
「おかゆふーふーからの、“あ〜ん”だもんねぇ?」
「うっ……!」
星羅が固まる。
耳まで真っ赤になった。
蓮は吹き出しそうになりながら、玄関へ向かう。
「とりあえず行ってくるべ」
「瑠美ちゃん、行こう」
「うん」
玄関へ向かう二人。
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけてな〜」
父の声。
ぱたん。
扉が閉まる。
静かになったリビングで。
星羅は、鮭をぱくっと食べながら思った。
「……う、羨ましくなんかないもん」
もぐもぐ。
でも。
耳だけは、ちょっと赤かった。
◇
車へ乗り込む。
北海道の朝。
冷たい空気。
エンジンの音。
シートベルトを締めながら、蓮が瑠美を見る。
「何処、行きたい?」
瑠美は、少しだけ考えてから笑った。
「蓮の会社」
「……えっ?」
思わず、蓮が聞き返す。
「蓮の頑張ってる場所、見たい」
にこっ。
数秒。
蓮は、少し照れたみたいに笑った。
「……わかった」
「今日は体調悪いって言って休んだんだけど」
「まぁ、いっか」
「仲間の人もいる?」
「いるよ」
蓮が頷く。
「ちゃんと紹介する」
「よかった」
瑠美が、嬉しそうに窓の外を見る。
「楽しみ」
車が、ゆっくり走り出す。
白い空。
雪の残る道。
その先。
二人を乗せた車は、蓮の働く地ビール工場へ向かっていった。




