第91話『もう一泊』
朝。
目を覚ますと。
「うぅ〜……」
隣の布団から、情けない声が聞こえていた。
星羅が、もそっと顔を上げる。
そこには。
額へ手を当てながら、ぐったりしている瑠美がいた。
「大丈夫ですか……?」
「やばい……やらかした……」
青ざめた顔のまま、瑠美が笑う。
「二日酔いと寝不足のダブルコンボ……」
「星羅、私の鞄取って……」
「ここにあるよ」
星羅が鞄を持ってくる。
「カバンの中に、ちっさいチャックのポケットあるでしょ……?」
「うん……」
ごそごそ。
「あ、これ?」
『サヨナラ二日酔いA錠』
「そう、それ……あと胃薬……」
「はい」
瑠美は、布団へ半分埋まりながら小さく手を伸ばした。
「ごめん……お水もお願い……」
「はい」
ぱたぱた。
星羅が部屋を飛び出していく。
その背中を見送りながら。
瑠美は、布団へ顔を埋めた。
「やらかしたぁ〜……」
昨日の夜が、ぼんやり浮かぶ。
小樽の夕焼け。
ビール。
笑い声。
蓮の声。
(……あんな波長合う人、初めて会ったわ……)
ふにゃっと笑う。
でも次の瞬間。
「うぅ……」
眉をしかめた。
(飲みすぎたぁ〜……)
しかも。
寝たのは深夜二時過ぎ。
流石の瑠美でも、回復時間が足りなかった。
「でも……楽しかったなぁ……」
その時。
バタン!
「うぉぉぉぉ……!」
瑠美が頭を押さえる。
「星羅ちゃん、ちょっとゆっくり扉閉めよっか……ははは……頭に響くから……」
「あっ、ご、ごめんだべ!」
星羅が慌てて水を差し出した。
「はい、お水」
「ありがと……」
薬を飲み込む。
「星羅、今何時……?」
「六時半だべさ」
「わかった……」
瑠美は、小さく息を吐いた。
「今からこの薬と胃薬飲むわ……でも、二時間寝ないと回復しない……」
そして。
じっと星羅を見る。
「頼む」
「?」
「八時半まで、お父さんお母さんにこの姿見せないように、時間稼ぎして」
「……やってみる」
「いや、“やってみる”じゃなくて、やっ…て…」
「くー……」
「寝たべ……」
星羅は、苦笑した。
「とりあえず……」
スマホを開く。
LIMU。
『瑛太起きてる?』
すぐ返事が来た。
『起きてるよ』
『こっち瑠美さん超二日酔い……』
数秒後。
『はぁ……こっちも蓮さんグロッキー状態』
「ウソでしょ!?」
思わず声が漏れる。
『一体何時までイチャイチャしてたのよ……』
『俺、覚えてるわ。確か二時過ぎ』
星羅が頭を抱えた。
『もう……』
『とりあえず、私達で時間稼ぎ考えなきゃ』
『風邪ひいたとか?』
『有りだけど、お酒臭すぎる』
『詰んでるやん』
『ちょっとリビングで話そう』
『了解』
*
リビング。
ストーブの音。
窓の外は、静かな雪景色だった。
そこに。
瑛太が座っていた。
「……」
何か、ぐったりしている。
星羅が眉を寄せた。
「もしかして瑛太、具合悪くない?」
「はは……」
瑛太が少し笑う。
「ちょっと風邪ひいたかも……」
「えっ」
「寒気すんねん……」
星羅が近づく。
そっと、おでこへ触れた。
「……熱あるじゃない」
「マジ?」
「マジだべ」
星羅は、少し考えて。
そして、きっぱり言った。
「今日帰るの無理だべさ」
「えっ、でも……」
「二日酔いの二人は自業自得だべ」
「うん」
「だけど、熱ある瑛太はまた別」
「……」
瑛太が、少しだけ目を丸くする。
星羅は立ち上がった。
「お父さんに話してくる」
ぱたぱた。
二階へ走っていく。
瑛太は、ソファへ身体を預けた。
「はぁ……情ねぇわ……」
数分後。
星羅が戻ってきた。
「お父さんが、“三人とももう一泊していきなさい”だって」
「えっ……」
その時。
カチャ。
ドアが開く。
星羅の父だった。
「おはよう、瑛太くん」
そこまで言って。
父の手が、瑛太のおでこへ触れる。
「……熱あるな」
「いや、お父さん、俺大丈夫で――」
「大丈夫じゃないから言ってる」
静かな声だった。
でも、有無を言わせない。
「星羅。和室に布団敷いて、氷枕準備」
「はい」
「瑛太くんは、熱下がるまで休みなさい」
瑛太が、少し困ったように笑う。
「すみません……」
「気にしなくていい」
父は、小さく笑った。
「それと」
「?」
「二日酔いの二人は放っておきなさい」
「ハハハッ」
「昼まで寝れば治る」
星羅が吹き出した。
「れん兄ちゃん、そんな飲んだの?」
「よっぽど楽しかったんだろうな」
父が笑う。
「蓮が二日酔いなんて珍しい」
そのあと。
父は、ふっと星羅を見た。
「ほれ」
「?」
「瑛太くん、お前の大事な人なんだろ?」
「……うん」
少しだけ照れながら。
でも、ちゃんと頷く。
父も、静かに頷いた。
「なら、しっかり看病してやりなさい」
「はい」
*
和室。
布団。
窓の外には雪。
「はい、瑛太寝て」
「ん……」
瑛太が、ふらっと布団へ座る。
星羅は、そっと布団を掛けた。
それから。
氷枕の位置を直す。
「冷たくない?」
「……気持ちええよ」
少し鼻声だった。
星羅が、小さく笑う。
「ちょっと無理させちゃったね……」
指先で、前髪を整える。
瑛太は、ぼんやりその顔を見ていた。
「ありがとう、瑛太」
そして。
そっと。
ほっぺへキスをした。
瑛太の目が、少しだけ丸くなる。
星羅は、照れたみたいに笑った。
「今は、ちゃんと休むこと」
ストーブの音。
静かな朝。
雪は、今日もゆっくり降っていた。




