第89話『夕日の続き』
「むー……」
星羅が、頬を膨らませながらリビングへ戻ってきた。
その後ろから、瑛太も続く。
「むー……」
「いや、瑛太お前もかい!」
瑠美が吹き出した。
「アハハハ!」
テーブルを叩きながら笑う。
「ねっ、言ったでしょ蓮!」
「鼻にアイスつくって!」
「やったなぁ〜」
棒読み。
「瑛太のばーか〜」
棒読み。
「待てこの野郎〜」
棒読み。
「ここだよ〜」
棒読み。
「で、パタン!」
瑠美が、ぱっと両手を広げた。
「で、シーン……ってなっちゃうんだもん!」
「ぷっ……アハハハ!」
「分かりやすすぎ!」
瑛太が、頭を抱える。
「ヤバい……島原さんの暴走モードや……」
「だね……」
星羅も、苦笑しながら頷いた。
蓮が、きょとんと首を傾げる。
「暴走モード……?」
瑛太が、真面目な顔で蓮を見る。
「島原暴走モードとは――」
蓮。ごくり。
「楽しく成りすぎた瑠美ちゃんのことれーす」
「うわ、重症だべ」
星羅が思わず呟く。
「星羅ちゃ〜ん」
「ちょ、ちょっと何で抱きつくんですか!?」
ぎゅうう。
「いい匂い〜」
「瑛太助けて!」
「はいはい……ちょっと待ってね……」
瑛太が立ち上がる。
「しまばら!」
「ひゃい」
「マネージャーとは?」
「ひゃい、タレントのために……」
そこまで言って。
瑠美が、ふらっと揺れた。
蓮が目を丸くする。
「寝た……?」
「って……寝るかぁ!」
瑠美が、けらけら笑った。
「アハハハ!」
そして。
ふぅ、と小さく息を吐く。
「……ねっ、言ったでしょ」
瑠美が、蓮へウィンクした。
「絶対、この子達いい雰囲気だったよ」
「ふふふっ」
瑛太と星羅の顔が、同時に赤くなる。
「図星でしょ〜?」
びしっ。
指を向けられる。
「だから、私が蓮にアルバム渡したの」
「ふふふ」
「案の定だったぁ〜」
瑠美は、満足そうに笑った。
そして。
「くー……」
「寝た!?」
蓮が、びっくりした顔になる。
星羅が、小さく笑った。
「れん兄ちゃん、私の部屋に布団敷いてるから、運んであげて」
「えっ」
「他に誰が運ぶの?」
そして。
ぎゅっ。
星羅が、瑛太の腕へ抱きつく。
「瑛太はダメ」
蓮が、瑠美と瑛太を見比べる。
「いや、俺女性を運んだことないべさ」
「だめなものはだめ」
「……分かったべ」
瑛太は、横で少しだけ笑っていた。
「ほら、れん兄ちゃん」
「はいはい」
蓮が、そっと瑠美を抱き上げる。
「うわ、軽っ……」
瑠美の髪が、ふわりと揺れた。
「星羅、扉開けるべ」
「はいはい」
廊下。
静かな夜。
瑠美は、夢の中みたいな顔で、蓮の胸へ身体を預けていた。
部屋へ入る。
蓮は、そっと布団へ瑠美を寝かせた。
その時。
ぎゅっ。
「うぉっ」
瑠美が、蓮の首へ抱きついてきた。
「蓮ぅ……」
「ん?」
「もっと話そうよぉ……」
甘えるような声。
蓮が、少し困ったように笑う。
「また、明日話そう」
「……約束だからね」
「うん」
瑠美が、安心したみたいに笑う。
そして。
すぅ、と眠った。
蓮は、静かに部屋を出る。
ぱたん。
リビングへ戻ると、星羅が呆れた顔をしていた。
「れん兄ちゃん、飲ませすぎだべ」
「いやぁ……余りにも楽しくてよぉ」
「もう……」
瑛太が、笑いながらアルバムを開いた。
「まぁまぁ、アルバム見ましょうか」
ぱらり。
最初のページ。
そこには。
小さな星羅と蓮が写っていた。
雪だらけ。
泥だらけ。
笑顔だった。
「はぁ〜、めんこいべ」
瑛太が、思わず頬を緩める。
「ふふっ、瑛太馴染みすぎ」
「これなぁ」
蓮が、懐かしそうに笑う。
「雪解けの雪で泥遊びした星羅」
「次の日、熱出したべ」
「んで、これ」
ページをめくる。
「スキー下手すぎて雪山突っ込んだ後の星羅」
「やっぱり熱出したべ」
「もう!」
星羅が、真っ赤になる。
「熱出したは言わなくていいだべさ!」
「いや大事やろ」
瑛太が笑う。
「ほら、これ」
星羅が、次の写真を指差した。
「七五三」
小さな着物姿。
少し緊張した顔。
「……ほんまや」
瑛太が、優しく笑う。
「当たり前やけど、小さい星羅や」
「可愛いべ」
「や、やんだ……」
星羅が、頬を染める。
「可愛いなんて……」
蓮が、立ち上がった。
「俺、風呂入ってくるべ」
「二人で見てな」
「おー」
ぱたん。
リビングが、静かになった。
ストーブの音だけが聞こえる。
瑛太が、アルバムを閉じる。
「……もうちょい大きくなった星羅、見たいかも」
「じゃあ、私の部屋に卒アルあるよ」
「いや、瑠美さん寝てるし」
「明日でええよ」
「……そっか」
星羅が、少しだけ残念そうに笑う。
瑛太は、その顔を見ながら呟いた。
「そろそろ寝るかぁ……」
「うん……」
でも。
星羅は、その場を動かなかった。
「……その前に」
「ん?」
ちゅっ。
唇に柔らかい感触。
瑛太が、目を見開く。
星羅の顔が、真っ赤だった。
「……さっきの、続きだべ」
瑛太の心臓が、うるさいくらい鳴っていた。
もう、誤魔化したくなかった。
瑛太が、そっと星羅の頬へ触れる。
そして。
今度は、自分からキスをした。
短く。
でも。
ちゃんと気持ちを込めて。
「……星羅」
「ん……?」
「俺、お前が好きや」
「……」
「付き合って下さい」
星羅の目が、ゆっくり丸くなる。
そのあと。
ふわっと笑い。
「……喜んで」
小さく呟いたあと。
星羅は、ふいっと視線を逸らした。
「いや、居酒屋かい」
瑛太が思わず突っ込む。
「もう……」
星羅の耳が、じわっと赤かった。
「やっと言ってくれた」
照れながら。
でも、嬉しそうに。
瑛太は、少しだけ驚いた顔をする。
「待ってたん?」
「……待ってた」
星羅が、小さく笑う。
「ずっと」
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
ぎゅっ。
瑛太は、そのまま星羅を抱きしめた。
その頃。
脱衣所。
風呂からあがった蓮は、
リビングから漂ってくる、やけに静かな空気を察していた。
「……」
そっと、風呂場へ引き返す。
「……今戻る勇気ねぇべ」




