第87話『男山と名刺』
その頃。
同じテーブルでは、 すっかり別の空気が出来上がっていた。
「島原さん、そのTシャツ良く似合ってますよ」
蓮が、 にこにこしながら言う。
「プレゼントしますよ」
「いえいえ」
島原は笑って手を振った。
「ちゃんと洗濯してお返しします」
「そっか……」
少しだけ残念そうな顔。
でも次の瞬間。
「じゃあ、次会う時」
ぱっと顔を上げる。
「僕にTシャツプレゼントしてください」
「ねっ、それでいい」
「だから、そのTシャツは貰ってください」
にっこり。
島原は、 少しだけ目を丸くしたあと、 ふっと笑った。
「……わかりました」
「やった」
蓮が小さくガッツポーズする。
その様子を見ながら、 星羅の母がくすくす笑っていた。
「蓮、わかりやすいべなぁ」
「いやっ、違っ」
蓮が慌てる。
島原は、 面白そうに肩を揺らした。
「ふふっ」
「さ、島原さんも食べてください」
「ザンギ美味しいですよ」
「では、いただきます」
ぱくっ。
次の瞬間。
「……美味しい!」
ぱっと目が輝く。
蓮も嬉しそうに笑った。
「それは良かった」
「これ、お母様が作られたんですか?」
「そうですよ」
「すごい美味しいです」
もぐもぐ。
本気で食べている顔だった。
その姿を見ながら。
蓮が、 ビール瓶を持ち上げる。
「はい、敬語終わり」
「え?」
「楽しく飲みましょう」
とぽとぽ。
二つのコップにビールを注ぐ。
「はい」
片方を島原へ差し出した。
蓮が笑う。
「カンパーイ」
島原も、 にっこり笑った。
「カンパーイ」
こつん。
そして。
ぐびっ。
島原は、 一気に飲み干した。
「くぅ〜……美味しい」
「いい飲みっぷりですね」
「実はね」
島原が、 少し顔を寄せる。
「緊張で喉カラカラだったの」
耳元での小声。
蓮の肩が跳ねた。
「そ、そうですよね……」
耳まで真っ赤になる。
島原は、 いたずらっぽく笑う。
「あれ?」
「敬語無しじゃなかった?」
「……あ」
蓮が固まる。
数秒後。
「本当だ」
「ふふっ」
「ははっ」
二人同時に笑った。
「じゃあ今から」
島原が、 男山の瓶を持ち上げる。
「敬語使ったら、お酒一杯ね」
「もちろん、この子で」
にやり。
蓮も笑った。
「いいですね」
「あ、アウト」
「うわっ!」
蓮が頭を抱えた。
「やられた……」
島原は楽しそうに笑う。
「どっちにする?」
「ビール?」
「男山?」
「じゃあビールで」
「えー、つまんない」
「じゃあ、男山いかせていただきます」
「あっ」
しまった、 という顔。
島原が吹き出した。
「今のは無しにしてあげる」
「優しい……」
「ほら」
とぽとぽ。
島原がコップへ男山を注ぐ。
蓮は、 覚悟を決めた顔で飲み干した。
「っ……」
ごくっ。
「どう?」
島原が、 きらきらした目で覗き込む。
「美味しいよ……けほっ」
「ふふっ」
島原は、 自分のコップを差し出した。
「じゃあ、お姉さんにも頂戴」
蓮が男山を注ぐ。
「はい」
「ありがと」
島原も、 一口飲んだ。
「……美味しい」
「石狩鍋とよく合うよ」
「ほんとだ」
はふはふ。
ぐびっ。
また目が輝く。
その様子を見ながら。
蓮が、 優しく笑った。
「島原さんが楽しそうで良かっただべ」
すると。
島原が、 箸を止めた。
「……瑠美でいいよ」
「え?」
「私、島原瑠美」
にっこり笑う。
「はい、名刺あげる」
バッグから名刺を取り出した。
蓮は、 少し驚きながら受け取る。
「ありがとう」
すると。
瑠美が吹き出した。
「名刺貰って“ありがとう”って言ったの、蓮くんが初めてよ」
「そうなん?」
「だいたい“お願いします”とか、“いただきます”だから」
「へぇ……」
蓮が頭をぽりぽり掻く。
「じゃあ俺も蓮でいいよ」
「瑠美ちゃんって呼ぶべ」
「じゃあ私だけ呼び捨ても変だし」
瑠美が笑う。
「蓮くんで」
その瞬間。
向かい側。
瑛太と星羅が、 にやにやしていた。
「……何見てるのよ」
瑠美がじとっと睨む。
瑛太が、 わざと真顔になる。
「嫌やなぁ、やめてくださいよ瑠美ちゃん」
「あっ」
瑠美の目が光った。
「今、敬語使ったね?」
「え」
「はい、男山」
「うわっ、藪蛇やった!」
瑛太が崩れ落ちる。
その瞬間。
和室に、 大きな笑い声が広がった。
「「「わっははは!!」」」




