第83話『ただいま』
レンタカーは、 静かな住宅街へ入っていた。
窓の外。
雪の残る歩道。
オレンジ色の街灯。
見慣れていたはずの景色。
でも。
星羅の胸は、 少しだけ落ち着かなかった。
「……」
後部座席。
隣では、 瑛太が外を見ている。
前では、 島原がハンドルを握っていた。
「……着いたよ」
静かな声。
星羅の肩が、 小さく揺れる。
車が止まった。
相原家。
昔と変わらない外壁。
玄関灯。
窓から漏れる暖かい光。
「……」
星羅は、 少しだけ息を飲んだ。
その時。
「はいはい」
島原がシートベルトを外す。
「こういうのは、 まず大人が行くの」
「ちゃんとご両親には連絡してるから、二人ともリラックスして」
「……ほんま頼もしいっすね」
瑛太が苦笑いする。
「マネージャーですので」
にっこり。
ドアが開く。
冷たい空気。
「星羅……大丈夫か……?」
瑛太が小さく声をかける。
「……うん」
星羅も降りた。
玄関前。
島原がコートを整える。
「よし」
ピンポーン。
少しして。
玄関の扉が開いた。
「……!」
出てきたのは、 星羅の母だった。
「星羅……」
「……お母さん」
数秒。
互いに言葉が止まる。
その後ろから。
父も顔を出した。
「帰ってきたか」
穏やかな声だった。
「……はい」
星羅が、小さく頷く。
島原が一歩前へ出る。
名刺を取り出した。
「ご挨拶にお伺いしたかったんですが、 なにぶん機会が無く」
スッ。
「娘さんの星羅さんを担当しております、 島原瑠美と申します」
父が名刺を受け取る。
「いつも娘がお世話になっております」
母も頭を下げた。
「星羅がお世話になってます」
「あらあら、お気遣いありがとうございます」
母が手土産を受け取る。
袋の中には、 北海道銘菓。
その時。
父の視線が、 瑛太へ向いた。
「そして……彼は?」
「あ」
島原が振り返る。
「紹介が遅くなりました」
瑛太を前へ出す。
「はじめまして。娘さんと一緒にお仕事をさせて頂いてる、三谷瑛太と申します」
少し緊張した声。
母が首を傾げた。
「じゃあ、あなたも俳優さんなんですか?」
「えっと……」
頭をぽりぽり掻く瑛太。
その横で。
島原が、 にっこり笑った。
「その点につきましても、 本日説明させて頂きます」
「は…はぁ…」
その時。
母が、 ふと目を丸くする。
星羅は嫌な予感がした。
「あれ?」
「?」
瑛太が首を傾げる。
母は、 じーっと瑛太を見た。
「瑛太君って……」
嫌な予感が強くなる。
「……あの瑛太君?」
「え?」
「ほら、 星羅のLIMUによく出てくる」
星羅
「っ!!」
顔が一気に赤くなる。
「お、お母さん!!」
「え?」
母がきょとんとする。
「だって、 よく話してるじゃない」
「してない!!」
「してるわよ」
「してないって!!」
「この前も――」
「やめてぇぇぇ!!」
瑛太が固まっていた。
「……え?」
父が、 小さく頷く。
「なるほど」
その後ろ。
一人の男が、 廊下から顔を出していた。
背はそこまで高くない。
でも、 がっしりした胸板。
優しそうな目。
星羅の兄、相原蓮だった。
「……あぁ」
全部察した顔。
星羅
「れん兄ちゃんまで何その顔!!」
蓮は少し笑った。
「いや、 よく名前聞いてたべ」
「聞かせてない!!」
「聞いてた」
「やめてぇぇぇ……」
瑛太の顔も赤かった。
「え、そんな話題なってたん俺……?」
島原だけが、 静かに微笑んでいた。
「ふふっ」
玄関が、 笑い声で少しだけ柔らかくなる。
小さな沈黙。
星羅が、小さく息を吸った。
改めて、家族へ向き直す。
ずっと会えなかった人達。
帰りたかった場所。
怖かった場所。
でも。
今は――。
「……お母さん」
「お父さん」
「れん兄ちゃん……」
少しだけ涙目で。
星羅は笑った。
「ただいま」
静かな沈黙。
その後。
母が笑った。
「おかえり、星羅」
父も頷く。
「おかえり」
蓮も、 優しく笑った。
「おかえり」
その声を聞いた瞬間。
星羅の肩から、何かがほどけた。
「あ……」
一筋の涙が頬を伝う。
その時だった。
「お母さん」
蓮が、優しく声をかける。
「玄関先で立ち話もなんだから、入ってもらったら?」
「石狩鍋できてるべ」
にっこり笑う。
ぐぅ〜……
静かな玄関に、間の抜けた音が響いた。
全員の視線が、 瑛太へ向く。
「……す、すみません」
瑛太が顔を赤くする。
蓮が吹き出した。
「腹減ってたんだべさ」
母も笑う。
「ふふっ、いっぱい作ってあるから」
星羅も、涙目のまま笑っていた。
玄関の奥から。
石狩鍋の、懐かしい匂いが流れてくる。
その横で。
瑛太も、 少しだけ安心したように息を吐いていた。




