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第82話『帰る場所』

車は、札幌の街を抜けて走っていた。

窓の外は、少しずつ明かりが少なくなる。

さっきまでの笑い声が、まだ車内のどこかに残っているのに。

今は、静かだった。

島原はハンドルを握ったまま、バックミラー越しに後ろを見る。

窓の外を眺める星羅。

何かを考えている瑛太。

二人とも、言葉が少ない。

少しだけ考えてから。

島原が口を開いた。

「……ちょっとコンビニ寄ろうか?」

いつも通りみたいな声だった。

「え、また食うんですか?」

瑛太がすぐに突っ込む。

「失礼ね」

島原が眉を上げた。

「ちょっと空気読んであげたのよ。二人とも黙り込んじゃってたからさ」

「いや、絶対半分ぐらい唐揚げやろ」

「八割よ」

「増えとるやないか」

星羅が小さく吹き出した。

「あははっ……」

その笑いで、少しだけ車内の空気が戻る。

コンビニの駐車場。

エンジンが止まる。

「ほら、行くよ」

島原が先に降りた。

瑛太は後部座席のドアを開ける。

「星羅、行けるか?」

差し出された手。

星羅は少しだけ目を細めて。

「……うん」

その手を借りて車を降りた。

夜の空気が頬に触れる。

「寒っ……」

「北海道なめたらあかんで」

島原が笑う。

見上げれば。

夜空いっぱいに星が広がっていた。

しばらくして。

島原が唐揚げ串を持って戻ってくる。

「ひょら、さふいんだふぁから、ふぁく行くわよ。わたひふぁ、ふぁきにいふね……もぐもぐ」

「何言うてるかわからへん!」

瑛太が吹き出した。

隣で星羅も肩を揺らす。

「あははっ……」

「ほら、星羅まで笑ってる」

「だって……」

笑いながら息を吐く。

その時だった。

「島原さん、食べすぎだべさ」

数秒。

「……戻っとるやん」

瑛太が即座に突っ込む。

「え?」

「北海道弁」

「あ……」

星羅が目を丸くする。

「ほんとだ」

「自然に出るんやな」

「……なんか、コンビニ入ったら戻った」

「どういうシステムやねん」

「知らないべさ」

「だから戻っとるって」

また笑いが起きる。

「あははっ」

島原は満足そうに頷いた。

「じゃ、先に車戻ってるから」

そう言って手をひらひら振る。

唐揚げ串をもう一口。

「ちゃんと来なさいよー」

もぐもぐしながら去っていった。

「絶対わざとやろ……」

瑛太が苦笑した。

少しだけ静かになる。

コンビニの横。

小さなベンチ。

星羅は缶コーヒーを両手で包み込んでいた。

「あったかい……」

白い息が夜へ溶けていく。

北海道の夜は静かだった。

遠くを走る車の音。

冷たい風。

頭上には無数の星。

「……夜はまだ寒いな」

後ろから声がした。

振り向く。

瑛太だった。

缶コーヒーを片手に持っている。

「うん」

隣へ腰掛ける。

近すぎず。

遠すぎず。

そんな距離。

しばらく言葉はなかった。

缶コーヒーの温度だけが掌に残る。

そして。

瑛太がぽつりと言った。

「久しぶりに帰る実家って、妙に緊張するよな……」

「……え?」

星羅が振り向く。

「いや、俺なんか正月帰る時ちょっと構えるもん」

苦笑い。

「うちのオカンヤバいから」

「ふふっ」

「『ちゃんと食べてるか』『彼女おらんのか』『売れてるんか』」

指を折る。

「フルコンボや」

「あははっ」

星羅が笑う。

「圧がすごいねん」

「帰省っていうより事情聴取やで」

「ふふっ……」

少しだけ肩の力が抜ける。

それから。

星羅は小さく視線を落とした。

「……嫌なわけじゃないんだよ」

「うん」

瑛太は急かさない。

「でも……」

缶コーヒーを見つめる。

「久しぶりすぎて」

「……」

「何を話せばいいのか、分からなくて」

静かな声だった。

「ちゃんと笑えるかな、とか」

少しだけ笑う。

「変だよね」

「変ちゃうと思うで」

瑛太は即答した。

星羅が顔を上げる。

夜風が吹く。

瑛太は前を向いたまま続けた。

「向こうも緊張しとると思うで」

「……」

「だって」

少しだけ笑う。

「ずっと会いたかった娘やろ」

その言葉に。

星羅の瞳が小さく揺れた。

「それに」

瑛太は星羅の肩をぽんっと叩いた。

「無理に笑わんでもええと思うで」

「……」

「会えただけでも、向こうは嬉しいと思うしな」

にっこり笑う。

星羅も、少しだけ笑った。

「……そろそろ行くか」

「うん」

二人は立ち上がった。

並んで車へ戻る。

言葉は少ない。

でも。

さっきまでとは少し違った。

後部座席。

ドアが閉まる。

エンジンがかかる。

レンタカーは再び走り出した。

窓の外には。

微かに記憶の残る、見慣れていたはずの景色。

雪の残る歩道。

遠くの灯り。

「……」

星羅は外を見ていた。

その時。

そっと。

手に温もりが触れた。

「……!」

小さく目を見開く。

瑛太だった。

前を向いたまま。

何も言わない。

ただ、手を握っていた。

そして。

静かに口を開く。

「……大丈夫や」

「……」

「せいら」

星羅が顔を上げる。

瑛太は前を向いたまま。

少しだけ指に力を込めた。

「お前はもう……」

小さく息を吸う。

「一人っきりじゃないねんで」

「……」

星羅は何も言えなかった。

でも。

握り返した指先だけが、少し震えていた。

レンタカーは、静かな北海道の夜を走っていく。

その先には。

星羅の帰る場所があった。

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