第81話『ラブスターの正体』
夕暮れ。
北海道の道を、島原が運転するレンタカーは静かに走っていた。
窓の外には、雪の残る歩道。
オレンジ色の街灯。
遠くに見える札幌の夜景。
車内には、ほんのりイカ串の香ばしい匂いが残っている。
後部座席。
瑛太と星羅は、並んで座っていた。
「いや〜、今日めっちゃウケたなぁ」
瑛太が、満足そうに背もたれへ身体を預ける。
「って言うか、あのイカ串屋の女の子」
「“歓声一人だった”はズルいわ」
「子どもは正直だから」
隣で、星羅がくすっと笑った。
「いや、正直すぎるやろ」
「しかも、一人ってとこがリアルやねん」
瑛太は、自分で言って吹き出す。
「でも、ちゃんといたなら良かったじゃない」
ハンドルを握りながら、島原が笑った。
「後ろの方に」
「そう!」
瑛太が前のめりになる。
「ちゃんと俺を見つけてくれた子がおった!」
「……ふーん」
星羅が、小さく呟いた。
「何その反応」
瑛太が隣を見る。
「別に」
星羅は窓の外を見たまま答える。
「いや絶対別にちゃうやろ」
「だって」
少しだけ口を尖らせる。
「私は、“瑛太くん”って言ってないし」
数秒。
島原が吹き出した。
「星羅、めんどくさっ」
「えっ」
星羅が目を丸くする。
「いや絶対そうやろ」
瑛太も笑う。
「あはははっ」
「……いいよ」
瑛太が、ふっと笑った。
「瑛太くんって呼んで」
「えっ」
今度は星羅が固まった。
「ほら」
瑛太がニヤつく。
「言ってみ?」
「……」
星羅の耳が、
じわっと赤くなる。
「……瑛太く……ん……」
消えそうな声。
数秒。
「うわ、破壊力えぐ」
島原が吹き出した。
「島原さん!?」
「いや、これは照れるわよ」
島原は肩を揺らしながら笑う。
瑛太は、少しだけ顔を逸らした。
でも。
口元だけは完全に緩んでいた。
「あー、面白かった」
島原が息を整える。
「今日の営業、録音しとけば良かったわ」
「いや、マジで調子良かったですよね」
瑛太が笑う。
「星羅の“猫舌オムライス”のくだりとか、会場めっちゃ沸いてたし」
「瑛太が変なタイミングで被せてくるからでしょ」
「それ込みや」
「ズルい」
「漫才師やからな」
「開き直った」
また、小さな笑い声。
その空気のまま。
島原が、ふと思い出したみたいにスマホを車へ繋いだ。
「そうだ」
「せっかくだし、何か流そ」
次の瞬間。
スピーカーから、聞き慣れた声が流れた。
『どうも〜、瑛太です』
「うわっ」
瑛太が変な声を出す。
「え、何で!?」
「おすすめに出てきた」
島原が笑う。
『さて、今日の“ボケたもん勝ち”のコーナー』
「懐かし……」
瑛太が頭を掻いた。
『最近、水星の如く現れた――』
『ハイパーロケッツキーホルダーをかっさらっていくラブスターさん、今日もきてますよ〜』
「……」
隣で。
星羅の肩が、ぴくっと揺れた。
その反応に、島原の眉が動く。
「ラブスター……?」
「……」
「愛……星……」
ぽつりと呟く。
「相原星羅……!」
「……ビクッ」
星羅が固まった。
瑛太も、ゆっくり隣を見る。
「……え?」
数秒後。
星羅は観念したみたいに、小さく笑った。
「……これ、私なんだよね」
にへらっ。
「「えーーーー!!」」
車内に声が響く。
「いや待って!?」
瑛太が勢いよく身を乗り出す。
「お前!?」
「ラブスター!?」
「……うん」
「え、見てたん!?」
「瑛太チャンネル」
「……たまに」
「たまにでキーホルダー当てる!?」
島原が吹き出す。
「しかも、何で当たったの?」
「“こんなお袋の味は嫌だ”で」
星羅は少し考えてから、
「“とりあえず金粉”」
と真顔で言った。
数秒。
「アホすぎるやろ!!」
瑛太が崩れ落ちる。
「いや、お袋の味どうなっとんねん!」
「全部金色なるやないかい!」
「あはははっ」
島原が笑う。
星羅も肩を揺らしていた。
「しかも」
瑛太が隣を振り返る。
「キーホルダー、まだ持ってるん?」
「……うん。家の鍵」
「あぁ……」
瑛太が少し笑った。
「星羅が風邪引いた時、
何で持ってるねんって思ってたわ……」
「……そやったんや」
「あははっ」
島原がまた吹き出す。
「それ、私も不思議に思ってた」
「“どっちのファンなんだろうね?”って、話してたよね」
「してたしてた」
瑛太も笑う。
「まさか本人とは思わんやろ」
「……ふふっ」
星羅が、少し照れたみたいに笑った。
窓の外。
札幌の夜景が、静かに流れていく。
笑い声も、
少しずつ落ち着いていった。
その中で。
星羅だけが、
少し長く窓の外を見ていた。
白い息。
知らない夜景。
でも。
この先にある場所だけは、
ずっと知っている。
「……」
瑛太が、
その横顔を見る。
けれど。
まだ、何も聞かなかった。
レンタカーは、
静かな北海道の道を走っていく。




